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国連とビジネス・トップ
企画の目的と内容

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1.さまざまな切り口
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      (柴土真季)

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      (豊島美弥子)

シリーズ
国連グローバル・コンパクト
プロローグ
1. グローバル・コンパクト・セッション(野村彰男さん)
2. 橋田さんインタビュー「グローバル・コンパクト 本部とローカル・ネットワークの連携」(橋田由夏子さん)

3. グローバル・コンパクト・セッション(野村彰男さん、甲賀聖士さん)
4. 基調講演「ビジネスと人権に関する国際的な動向―国連指導原則を中心に―」(山田美和さん)  


シリーズ
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基調講演

『ビジネスと人権に関する国際的な動向
―国連指導原則を中心に―』

日本貿易振興機構アジア経済研究所
新領域研究センター 
法・制度研究グループ長 山田美和氏

 

2016年7月30日


【指導原則策定の背景】

 国際機関・政府より企業活動が社会に及ぼす影響力の方が大きくなっている中、国際的に企業活動をコントロール出来る仕組みが整備出来ていない。特に、直接でなくサプライチェーンの中で、労働基準監督の無い地域や、土地権利が確保されていない地域等で、企業としては想定外の人権侵害が起きている。これらの地域では守るべき法律自体が整備されておらず企業にとっても進出リスクが高いままである。
 一方で、厳しい規制は企業の自由な経済活動を制限してしまう。また政府には、規制・ルールを作成するコストが生じる。しかし同時に、侵害を受けてきた人達や支援するNGOサイドからは規制を求める動きが活発な状況で、これらのコンセンサスが得られず、企業に対する国際的なルール作りは難航が続いていた。
 そのような中、2011年ジョン・ラギー博士による「ビジネスと人権に関する国連指導原則(以下、「指導原則」)」が国連人権理事会において全会一致で採決された(採決には日本も参加)。人権を尊重する、すなわち最低限人権を侵害しない事は企業の責任であるとの共通認識が醸成された。
 これに関連し、2013年にミャンマーの人権状況に関する特別報告者が来日した際、企業のミャンマーへの投資によって人権侵害が起こってはならないという事が指摘され、日本が企業による人権侵害抑制のガイドラインをもっているかが問われた。
 指導原則は先進国企業が海外へ進出する時だけでなく、投資を受ける側が企業を選別する際に、判断基準として使用する共通のツールにもなっている。

【指導原則の骨子】

 1. 人権を保護する国家の義務
 2. 人権を尊重する企業の責任
 3. 救済へのアクセス(裁判や各企業における窓口など苦情処理メカニズム)

 指導原則は強制力のあるものではなく、どう活かしていくかは各主体に求められる。指導原則の指すビジネスとは、民間企業だけではなくあらゆる企業・経済活動をさしており、政府・国有企業等も含む。寧ろ、政府関連企業こそ人権デューデリジェンスをきちんと行うべきだと明記されている。

  人権を保護する国家の義務 10の原則(一部抜粋):
  2. 企業が人権を尊重することへの期待を明確に表明
  3. 企業が人権を尊重することを促進する政策の執行 国とビジネスの関係
  7. 政策の一貫性
  10. 多数国間の加盟国として指導緒原則を活用

 日本において、国際人権問題は外務省人権人道課が担当しているが、今後国際進出していく日本企業の人権問題に関するルール作成においては経済産業省・法務省・厚生労働省・総務省など全ての政策の一貫性が求められる。

【上記を踏まえて、各企業はどのように人権への取組みを行うべきか?】
 1. 各組織のトップコミットメント
 2. バリューチェーンの監査(人権デューディリジェンス)※
 3. 外部へのコミュニケーション(何をやっているか、何処までできるかの明示)(一番重要だが日本企業が苦手な部分)

※ 監査の結果を企業活動に取りこみ、その後の再評価を行う。定期的評価の実施、評価結果の組織への統合、パフォーマンス改善、外部へのコミュニケーションを行う。

 日本ではそもそも「ビジネスと人権」という概念が理解され難い。差別や、セクハラ・パワハラの事を指すと思われがちであるが、グローバルでは「人の権利」という大きい意味で捉えられる。
 誰の何の権利が侵害されているのかを特定するため、サプライチェーン、土地所有者、先住民等の状況を調査する必要がある。また直接的でなくとも、投資・融資によって人権侵害を助長していないか留意する。
 特に、子ども、先住民、女性、移民労働者、経済活動によって最も負の影響を受ける人にプライオリティを置くことが重要。

【海外の動向とNational Action Plan (NAP)策定について】
 欧米に比べアジアでは「ビジネスと人権」への取り組みが遅れている。アジアではサプライチェーン上の問題が多い事に加え「経済成長と人権はトレードオフである」という誤解も多いが、人権尊重こそ持続的発展の基礎であり、持続的発展の課題は根本的には人権の課題なのである。
 政府行動計画(NAP)とは、指導原則をどのように運用実行していくのか各国政府が立案し執行する政策文書。欧米各国においては順次NAPが策定もしくは策定が予定されているが、アジアではまだ、指導原則のNAPを作っている国がない。
 2012年11月にジュネーブで指導原則についてグローバルに議論する「国連ビジネスと人権フォーラム」第一回が開催され、2016年4月にドーハにて初のアジア地域会議が開催された。ワールドカップ建設現場での人権侵害や身分制度(カファル制度)と雇用の問題に触れられた他、汚職問題が取り沙汰されていたFIFAは、指導原則を経営方針に適用する事を明言した。
 EUの会計指令では非財務情報の開示において人権課題へどのように取り組んでいるか、2017年に開示義務を設ける予定である。
 政府が人権の重要性を発信するだけで、企業がとるリスクは減っていく。欧州は政府がNAPを作り、方向性を明示することが良いシグナルとなっている。一方日本では発信がきちんと出来ていないために、企業が海外取引を行う際に人権課題がネックになる事がある。
 グローバル・コンパクトのローカルネットワークに向けたガイダンスでもNAP作成が求められている。
 グローバル・コンパクトのガイダンスの中でミャンマーのみが国名指定されている中、日本がミャンマーに投資する際の責任は大きい。

【法規制か自主性か グローバルルール形成の行方】

 法的拘束力を持つ文書作成を求めるエクアドルや南アフリカと、自主的なルールを求める先進国。指導原則には罰則等はなく、法規制を形成する動きもある。法規制か、自主性かという議論はなお続いている。

【最後に】
 人々の権利のためにあるSDGsを実行するためのアジスアベバ文書において持続可能な金融活動についても触れられ、民間セクターの項で指導原則に言及している。
 ビジネスチャンスを捉える際に、人権を守る事は最低限の責任としてあるべきであり、これをなくして機会はない。
 日本企業の対応は遅れていると言われるが、日本(企業だけでなく、政府、その他の各主体)は今後指導原則をどのように活かしていけるだろうか?

 

パネルディスカッション
(会場からの質問に対し山田美和氏・田瀬和夫氏による

ディスカッション)

Q1. 縫製の現地工場の事例について触れられたが、例えば中国など、日本と大きく異なる人権状況や現地の国情によって対応は変わるものか。

山田氏:各国で人権の状況は異なる。どういう風に市民が政府に伝えられているか、CSO活動が許されているのかは、企業にも伝わってこない。米国ICT企業等がそうであったように中国の様な情報統制がある国で、企業が国家に与する形でビジネスするかどうかという判断は消費者から企業に対するレピュテーションにも関わってくる。確かに難しい問題だが、どうインプリメンテーションするかは国によって異なるが、普遍的な原則は変わらない。

田瀬氏:ラギー原則では、人権を守る「義務」は国家にあるとされている一方で、企業がビジネスをする上最低限守るべき「責任」は人権だという。義務ではなく責任という言葉を使っている。今までは人権を守るのは国家であるという原則があった。当縫製業の例では、労働者の人権は中国政府が守るべきだったという構造である。しかし主権国家にどこまで任せるのか、が大きな課題となる。企業への責任のシフトも起こっている。私は、法によって、企業と国家の双方の責任であると明示しても良いと思う。主権の概念の見直しからするべきではないか。

山田氏:指導原則は「国の力だけではどうにもならないよね」という所から始まっている。条約や法にしてしまうには起案・執行のコストがかかる。その点、義務と責任という言葉を使い分け、指導原則は上手くできている。今後ビジネスの力が大きくなる中でグローバルガバナンスが追い付いていないという状況なので、行政能力のギャップを埋めるために指導原則を上手く使っていくべき。他に枠組みは色々とあるが、指導原則が一番ベースになりやすいものだと思う。

田瀬氏: 非財務情報の開示のルール化によって企業の評価を行う事ができる。これは企業としては責務と捉えられるべきである。ダウジョーンズサステナビリティインデックスでは、「ラギー原則を知っていますか?」→「どの項目を実施していますか?」→「その結果は?」という風に逃げられないような質問形式になっている。ラギー原則は政府を半歩先にいっている。人権は常に戦って勝ち取って来たもの。人権への取組みは力を抜いたら負けであるので、企業の責任を積極的に追及し続けなければならないと思う。

山田氏:NAPは企業のスペースを狭めるものにはしてはいけないし、企業行動を抑制する事は指導原則の主旨ではない。どうやったら企業行動を促進できるかを考えるものである。罰則をあたえるようなNAPは見た事がない。

田瀬氏:英国の現代奴隷法(企業にサプライチェーンにおける奴隷制根絶の手順の報告を求める)はそれに近いのではないか。

山田氏:対策を何もしてないと報告しても良い。判断するのはCSOである。そう報告したときに糾弾するのは政府でなく、マーケット。政府はengagementするためにはどうするべきかという提言を建設的にするのみである。

田瀬氏:英国は巧みに、情報開示だけを規制して、情報の責任はマーケットに任せる方法にしている。

Q2. バングラディシュにおける縫製業の件について。現地縫製業はアライアンス・グループと、アコード・グループの、2つのグループに分かれており、その企業はアコード・グループに所属している。H&M等は課題に対して積極的がために、ボランタリーに出した指針が守れずバッシングを受けている。積極的であって、能力の高い企業のほうがやり玉にあがってしまうのではないか。目立たないほうがいい、反応がアドホックなので見守っているという企業もあるのではないか。

田瀬氏:それもあるし、逆の場合もある。ウォルマートは90・00年代に批判を多く受け、現在は徹底的にサプライチェーンのチェックをしている。大手が徹底的にチェックをすると、きちんとしていない企業が取引して貰えず市場から排除される。今後、チェックについては外部機関の認証を求める形に変えようとしている。そうなると、認証をとってないとビジネスができないという事になる。このように大手の発信によって外堀を埋めていければ良いと、理想的には思う。

井上氏:そもそも企業が人権問題へのマインドセットを変える必要があるのではないか?リスクと捉えるのか、経営戦略に取り込んでいくか。

田瀬氏:日本で人権問題を根付かせるのには皆苦労している。経営トップのコミットメントが取り難い。私は、エシカルには山田さんに賛成するが、まだ日本の多くの企業では「それって儲かるんですか?」というマインド。部分的にリスクへの対応はしている、くらいの意識。企業に対し、人権を守るべき風潮はリスクでもあるしオポチュニティでもあり、底堅い成長のためには必要、というと響く。

山田氏:確かに、「人権やってナンボ儲かるの?」という反応はよく耳にする。「人権とは」ということを話さなければいけないのは本当に日本だけ。日本では人権という言葉が難しく捉えられているが、労働者の健康を守る、障害者が差別されない、食べ物が毎日食べられる、というような日常の積み重ねとして捉えるべき。田瀬さんのおっしゃるようにきちんと取り組んでいる企業の業績や株価などを、数字として示すべき。

田瀬氏:人権を守ると言うのは、一人一人を大切にする事。企業が人を大切にする事は、労働生産性、利益をあげる事に繋がる。中長期的な成長には当然必要なことである。

Q3. 隠すような企業も世の中にはあると思う。人権にコストをかけないインセンティブが働く、というケースもあるのではないか。国際的枠組みでは人権を守っていない事を隠そうとする企業をどう扱おうとしているのか。各国でルールを策定している場合では海外に拠点を移して逃れるという事もできるのでは。

山田氏:国内における適用として決められた事項であれば、国外では基本的には適用されない。そういった企業への評価はマーケットが判断するのではないか。

田瀬氏:7月22日の日経新聞にESG関連記事が紹介されていたが、ダウジョーンズ・MSCIなどの調査会社がしのぎを削ってESGへの取組みをスコアリングしている。ポイントが高い企業には投資をしましょう、低い企業には融資をしません、と、それによってマーケット評価を促せる。

Q4. 企業において、所謂ブラック企業であっても、人権は大体守られていると思う。実際に人権を必要としている人は国籍も仕事もない人達だと思う。企業にも属しておらず、ストロベリーの季節労働のように、下請に属している人。こういう人達の人権はどう守って行くのか?

山田氏:ご指摘のとおり。指導原則が作られた背景は、本来なら国が人権守るべきという前提の中で、ビジネス主体に対して人権への責任を求めるため。なので、ビジネスに関係がない人々の権利はカバーできていないと思う。ただ、ストロベリーの季節労働に関しては、サプライチェーンに組み込まれているので、本来なら手当されるべき。

田瀬氏:それならば、解決策を考えましょう。難民だけでなく、障害者、シングルマザー、高齢者など、ビジネスに組み込まれていない人々の人権問題は沢山ある。これらは市民社会の力として状況を変えていくべき。人権は一度奪われたらずっと奪われる可能性のあるもの。制度を待つのではなく、すぐに手当てが必要。例えば、シリア難民が一部、長期滞在手当で日本に一時的にいる。次は、その中で長期的に雇える優秀な人を探す取組みをすれば、ゆくゆくはその人達は帰化ができる。各都道府県で80人ずつくらい労働力として受け入れれば、3,000人全てが受け入れられる。日本はいま労働力が足りないと言っている中で、こういう事は出来るはず。もちろん制度的な壁はあるので、インセンティブと制度とビジネスモデルを確立してあげる必要。問題があったら、何が問題で、制度の影は何で、ソリューションを考える。壁を取り払っていくのが私達の役割ではないか。

以上

2016年12月31日掲載

ウェブ掲載:佐藤曉浩