ヨルダン・スタディ・プログラム

4.2.2. 経済・雇用

4.2.2 経済・雇用問題

1)ヨルダンにおける経済・雇用問題に関する問い

私たちは、ヨルダンの高い失業率と近年の急激な人口増加、経済の低迷に鑑みて、雇用創出が喫緊の課題であると考えた。本節では、ヨルダン政府や援助団体が雇用に関する課題をどのように捉えて解決策を見出していこうとしてるのかを、渡航前の調査や渡航中の視察、渡航後の研究をもとに検証する。また、他国での成功事例も挙げながら、ヨルダンの雇用創出の解決策を考える。

2)渡航前の学びおよび仮説

渡航前の活動では、主にヨルダンの経済概要について調べ、高い失業率の背景、雇用を創出しうる産業と方策について議論した。その結果、(1)アパレル産業、(2)農業、(3)ICT産業、(4)観光業がヨルダンの成長を牽引しうる産業なのではないかという仮説を立てた。

i) ヨルダンの雇用を取り巻く環境

ヨルダンでは、経済の低迷を背景とする雇用問題が深刻で、労働者全体の失業率は年々上昇しており、2019年には19.2%に達している1。ILOの推計によると、15歳から24歳の失業率は36.7%にのぼり、とりわけ若年層の雇用問題が喫緊の課題として認識されている2また、男女間の雇用格差、難民の雇用へのアクセスの難しさも問題となっている。

雇用問題が深刻化している要因の一つに、近年の急激な人口増加が挙げられる。2008年に約656万人だった人口は、2018年には1.5倍の996万人になっている3これらの人口増加はイラクやシリアなどの周辺国からの難民流入が主な原因であり、人口の急増が雇用市場を圧迫している。

男女間の雇用格差に関しては、男性の17.1%という失業率に比べ、女性の失業率は27.2%と高いことも傾向として挙げられる4この差がみられる背景として、女性の社会進出に対する家父長的な価値観が関係していると考えられる。実際に世界銀行の調査によると、男性の60%が「女性が家の外で働くことに賛成しない」と回答しており、女性の35%が「女性が外で働くことは男性が賛成しないだろう」と回答している5一方で女性の労働市場への参加はヨルダン経済にも寄与すると考えられており、現状15%程度であるヨルダンの女性の雇用比率が10年で27%まで上がれば、最低5%の経済成長が見込めると予測されている6

さらに、難民の就労に関する状況の改善も大きな課題の一つである。パレスチナ中央統計局によると、現在ヨルダンには約229万人のパレスチナ難民に加え7、シリア難民を中心とする74.5万人以上の難民を受け入れている8。パレスチナ難民の95%が市民権を持ち9、シリア難民に対しても2016年以降に15.9万人の難民に就労許可を出しているが10、市民権を持っているパレスチナ難民は例外として、基本的に難民はヨルダン国民に比べて雇用へのアクセスが難しく、彼らの経済的自立が困難である。それに加えて、難民への教育や保健医療などの公共サービスの提供が、財政赤字に拍車をかけている。ヨルダン政府や援助機関が作成しているヨルダン対応計画(Jordan Response Plan)では、シリア難民向けの保健・教育・食糧などの支援分野で2019年だけで14億ドル(1,400億円)が必要だとしている11。また、ヨルダンの首相はインタビューの中で、シリア難民を受け入れるためには100億ドル(1兆円)のコストがかかると言及している12。さらに、世銀も2016年にヨルダン政府は年間25億ドル(2,500億円)をシリア難民支援に費やしたと試算しており、これはヨルダンのGDPの6%、政府予算の4分の1にあたる13。このような状況において、難民を「支援を受ける存在」から「ヨルダン経済の発展に寄与する存在」とし、財政負担の軽減や経済発展の推進力とすることが求められる。そのためには、難民の就労を一層促進して彼らの経済的自立を促すことが必要である。

ii) ヨルダンの成長を牽引しうる産業

上記の雇用に関する状況や課題を踏まえ、ヨルダンの高い失業率は、国内産業の雇用不足に起因し、難民を含めた雇用創出が必要であると考えた。特に成長が期待され、失業率の高い若者や、就労機会が制限されている難民や女性の雇用の受け皿となりうる産業として、(1)アパレル産業、(2)農業、(3)ICT産業、(4)観光業に着目した。

(1)ヨルダンの輸出額の約21%14を占めるアパレル産業に関しては、2017年に過去最高の輸出額を記録15するなど米国との自由貿易協定を軸に順調に成長している。一方で、2016年にシリア難民を一定以上雇用することを条件として、ヨーロッパ市場へのアクセス向上を図るヨルダン・コンパクト16が採択されたが、その後もEU諸国への輸出はそれほど拡大していない。また、人件費が安くスキルのある人材は輸出への大きな強みである一方17、人権侵害につながる過度な低賃金労働を助長する可能性があることから、人権を遵守した形での雇用創出が必要となる。

(2)農業を取り巻く環境は、半乾燥地帯が多く耕作可能エリアが少ないことや、深刻な水不足などから厳しい状態である。その一方で、農業はヨルダンのGDPのうち約4%を占め、割合としては大きくないが、生産性の向上により2010年から2015年の年平均成長率は約12%と、建設業と並ぶ高い成長率を記録している18。また、2017年時点ではシリア難民雇用の23%を農業セクターが占めており、難民雇用の受け皿ともなっている19。継続的な資本投入に加えて高付加価値な農産物の栽培、ICTなど他分野との協業により、更なる成長が見込める。

(3)ヨルダンの高い教育水準を鑑みると、ICT産業も今後大きな成長を見込める分野である。現在ヨルダン政府主導で、オープンデータ・ポリシー20やITセキュリティ・ポリシーの採用、民間セクターへの市場の開放、法人税の軽減による投資環境の整備、他産業との連携、人材育成のための資格の整備等、多数の事業が実施されている。ヨルダン政府は、ICTを単独のセクターではなくヨルダンの経済全体のデジタル化を押し進めるものとして見做しており、様々な技術をヘルス、エネルギー、輸送等の複数のセクターへ取り入れるため、2016年に策定されたICTの国家戦略であるREACH2025の中では、96の具体的な行動を明記している21

(4)観光業は、未だ資源を有効活用できていない産業である。浮遊体験ができる死海、世界遺産のペトラ遺跡、満天の星空の下でのグランピングが可能なワディラム砂漠など、魅力的な観光資源が多くあるが、マーケティング不足・観光地へのインフラの未整備などの問題が残っている。また、シリアをはじめとする周辺国の情勢による観光客数への影響も見られる。

以上のような渡航前の学びを通じて、国内産業の成長と雇用創出によりヨルダンにおける高い失業率が解消され、とりわけ女性の労働市場への組み入れや、難民の支援対象から経済の原動力への変革により、ヨルダンの経済成長が見込めるのではないかと考えた。

3)現地渡航における学びと渡航後の考察

ヨルダンにおける経済や雇用状況については、政府機関である計画・国際協力省(MoPIC)や労働省、国際援助機関である世界銀行(世銀)、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、国連パレスチナ難民救済事業機関(UNRWA)、国際労働機関(ILO)、国際協力機構(JICA)、ヨルダンのICT協会、難民を雇用している民間企業のTribalogyやTeenahでの訪問を通じて話を聞くことができた。以下に、各機関への訪問を通して得られた学びと訪問後の調査・考察結果について整理する。

i) 経済課題

国家戦略の計画策定及び対外的な調整窓口を担うMoPICによると、ヨルダンの経済課題は(1)難民流入による人口の急増(2)天然資源の不足(エネルギー・水)(3)財政赤字と経済成長の鈍化である22

ⅱ)経済政策

このような経済状況下において、ヨルダン政府は停滞する経済の回復に向け、様々な取り組みを実施している。中長期的な戦略として、2015年から2025年までの10年間の国家計画であるヨルダン2025(Jordan Strategic Vision 2025: Jordan 2025)を策定し23、これに沿う形で3ヵ年計画である実行開発プログラム(Executive Development Programme: EDP)を定めている。ビジネスの開発支援や環境整備のためにEDPのもとで40のイニシアティブが設定されているほか、保健・教育・エネルギー等の分野別に作業部会も立ち上げられている(MoPIC)。

また、計画・国際協力省は、ヨルダン2025やSDGsを地域の状況に応じて効果的に推進するために地方分権化を進めており、経済特区の設置や優遇政策の実施などによる投資誘致や外資誘致にも注力している(MoPIC)。さらに、ヨルダンにおける雇用の大部分は中小企業が創出していることから、世銀によるヨルダン中央銀行を通じた中小企業への資金供与や助言業務、ILOによるマイクロ・ファイナンス機関の支援等、国際機関による民間セクターへの支援も多く見られる(世銀、ILO)。

さらに、ヨルダン政府は2016年のロンドン会議において、シリア難民向けに20万人分の就労許可を出すことで労働市場を難民に開放することに24、また国際社会は雇用創出支援、投融資や海外市場へのアクセス改善への協力に合意したことから25、就労許可の発行や法整備も進めている。

ⅲ)雇用課題

冒頭で述べた通り、経済の低迷を背景にヨルダンでの高い失業率は深刻な問題となっている。就業に関する課題として、(1)市場ニーズと人材のミスマッチ(2)縁故主義(3)産業不足(4)高度人材の海外流出があることが、訪問機関の話から分かった。市場と人材のミスマッチとしては、受けてきた教育と雇用の選択肢が合致していないことや(ILO)、職の安定性を重視して雇用ニーズのある民間セクターよりも、ニーズの少ない公共セクターでの職を求める人が多いこと(労働省、JICA)が指摘されていた。求人情報が広く一般に公開されることが少なく、縁故主義が蔓延していること(ILO、労働省、JICA)も、人材の適材適所を妨げていると言える。また、ミスマッチ以前に市場の求人数自体が少なく、産業開発の必要性を問う意見もあった(ILO)。さらに、優秀な人材がよりよい収入を求めて湾岸諸国等他国に出て行ってしまうことも課題として挙げられた(ICT協会、UN Habitat、ILO)。

女性特有の課題に関して、労働省とJICAは、ヨルダンでは家父長的な文化が強く、一般的に女性は結婚して子どもを産むと家にいることを望まれるため、男性より女性の方が就労が難しいことを挙げている。そのため、コールセンターのカスタマーサービスや、勤務時間の比較的短い教育分野の業務は、女性に適している職だと考えられる傾向があるのだという。

シリア難民特有の課題としては、ILOは、ヨルダン政府から15.9万人のシリア難民に就労許可が与えられている一方で、(1)建設や農業分野など、就労許可が出る分野が限られていること、(2)就労許可は更新しなければならず、コストがかかること、(3)就労許可は雇用者の支援のもと申請する必要があり職を離れると就労許可を取り直す必要があることを課題として挙げた。また、トルコに逃れたシリア難民は比較的スキルの高い人が多い一方で、ヨルダンに逃れてきた難民はスキルの低い人が多い傾向があることも指摘されていた(ILO)。

パレスチナ難民の失業率については、訪問したバカー・キャンプの失業率は17%と、ヨルダン全体と同程度だった。しかしながら、キャンプ住民の32%程度がヨルダン国内の貧困ラインである814JD(日本円で約12万5000円)以下の生活を送っている(UNRWA)26。また、ヨルダン川西岸出身のパレスチナ難民とは異なり、ガザ地区出身者はヨルダンの市民権を付与されておらず就労にも制限があるため、生活はより厳しい(UNRWA)。具体的には、ガザ出身者はヨルダン国籍を持つことができず、就労面において公職につけない他、弁護士などの資格免許を要する専門職に就くこともできなくなっている27

ⅳ)成長の鍵

雇用創出が期待できる産業の拡大に関して、計画・国際協力省は、国の成長の鍵となるのはICT産業であると述べている。ヨルダンにおけるICT企業の唯一の業界団体であるICT協会によると、サウジアラビアやUAE等へのICTサービスの輸出、国内向けサービスの双方において、アプリ等のソフトウェア開発、かつ高付加価値サービスが国内外のICT収益の大部分を占めているという。また、今後特に重要な分野としては、フィンテック、アグリテック、ヘルステック等のICTを活用した各分野の活性化が挙げられる。ICT協会によるとアラビア語のコンテンツの75%はヨルダンから発信されており、AmazonやMicrosoft、Expediaなど多くのグローバル企業がヨルダンに運営拠点を持ちヨルダン人を雇用している。最近は中国企業も頻繁に採用活動に訪れていることからも、同分野に注力するヨルダンへの海外からの注目は非常に高いと言える。さらに、ICTは遠隔での勤務を可能にすることから、人口の集中や公共交通機関の不足により交通渋滞に悩むアンマンや、インフラが整備されていない地方における雇用問題を解決することに加え、特に夜に外を出歩けない女性や行動が制約される難民などの雇用創出に有効なセクターである(ICT協会)28

ヨルダン政府はICT産業の発展のため、国家ICT戦略2013~2017(Jordan National Information and Communications Technology Strategy 2013-2017)を策定し、世銀と協働で中東地域へのICTサービスの輸出に力を入れている(世銀)。また、2016年には法人税を20%から5%に減税するなどの税優遇措置も導入している(ICT協会)。

また、世銀はICT産業の他、農業分野もコールド・チェーン29や品質の改善により価格と競争力の向上が見込め、有望な産業であるとしている。研究や助成金による灌漑設備への現代技術の活用の奨励、干魃に強い品種の改良・開発を、また中小零細企業セクター活性化の一環として、野菜や果実の国内外マーケティング改善プロジェクトなどを政府主導で実施している30。このほかに、計画・国際協力省は観光、道路や水等のインフラ、教育、医療、エネルギー分野も有力な分野として挙げていた。また、ILOはカリウム等の資源を加工して輸出することによる付加価値の創出を推奨していた。

Ⅴ)雇用創出の取り組み

では、実際にヨルダンでは、どのような雇用創出の取り組みが行われているのか。失業率が高く雇用へのアクセスが比較的難しい若者、女性、難民に分けて見ていきたい。

若者の雇用創出の取り組み

  • UN Habitatは、シリア難民の多いザルカ市(14人に1人がシリア人)で公共空間の整備事業を実施している。ヨルダン人と難民とのコミュニティ構築のほか、デジタル技術を使用した空間設計に若者を関与させることにより、若年層の雇用創出と海外流出の抑制効果も狙っている。

  • 世銀によると、中小零細企業はヨルダンで稼働しているビジネスの95%を占め、民間セクターの約70%の雇用を、GDPの約40%を生み出している。世銀は産業の中心的な担い手である中小零細企業向けに7000万ドルのクレジットライン(融資限度額)を持っており、うち22%はスタートアップ企業を対象とする。また、58%はアンマン外の企業への融資であり、地方の産業振興にも貢献している。同事業により、8,149の中小零細企業に融資をし、7,682の雇用(うち79%は若者、42%は女性の雇用)を創出した。現在、特に女性の雇用創出を目的に50百万ドルの追加融資を実行しており、その裨益者の77%は女性、48%は若者である31

  • JICAは労働省と協働して、2017年4月~2020年3月に、若年層向けキャリア・カウンセリングの能力強化事業を実施している。本プロジェクトは、キャリア・カウンセリングを通じたジョブ・マッチングを強化することで、ヨルダンで特に高い若者の失業率を改善しようというものである。 

(写真)労働省のキャリア・カウンセリングセンターの一室

  • 世銀グループの国際金融公社(IFC)による調査では、ICTのアウトソーシングとデジタル・アントレプレナーシップ32がICT分野の成長の鍵だとしている。アウトソーシングに関しては前述の通り、多くのグローバル企業がヨルダンに運営拠点を設置している。また、例えばe-KYC33や行政機関の電子化促進が成長の一助となると考えられており、ヨルダン政府はヨルダン2025の中で定められたヨルダンのICT戦略であるREACH202534に沿って、ポータルサイトの構築や行政関連費の電子決済化などの電子政府事業を推進している。そのような事業に関連する、短期的な需要の見込めるスキルトレーニングを提供することが、ICT分野の教育を受けた学生と市場ニーズのミスマッチを減らし若者の雇用を増やすことに繋がる。2019年5月には、ヨルダン政府はデジタル経済・起業省(Ministy of Digital Economy and Entrepreneurship (MoDEE))を創設し、世銀の協力のもと、デジタル・アントレプレナーシップの促進や研修による雇用創出を目指している35

  • 多くのグローバルICT企業が参入するヨルダンにおいて、民間企業による若者向けの就労支援の例も複数見られる。例えばアメリカ合衆国のエイチピー(HP Inc.)は、ヨルダンやレバノンで研修場を開設し、就職のための大人向けスキル再教育に加え、主に難民の若者や学生を対象にしたスキル開発研修や、最新技術に関する教育を提供している36

  • ヨルダン政府は農業分野への様々な技術導入の他、2015年から6年間、国際農業開発基金(International Fund for Agricultural Development: IFAD)による資金援助の下、若者や女性の雇用創出や収入向上、農業の振興を目的に、マフラック県などのヨルダン北部の小規模農家の支援を行っている。ブドウやザクロ、オリーブ、トマトなどの農作物を対象とし、安定的な収入のない農家に対し、バリューチェーンへの組み入れや金融へのアクセスの提供を支援している37

  • アメリカ系NGOであるMercy Corps38によると、世界第2位のオリーブの輸出量を誇るヨルダンでは、農業ビジネスの中でもオリーブは特に重要なセクターと考えられ、新たな農業技術の導入が提唱されている。イルビッド県やマフラック県にて、オリーブの育成や、収穫後の保存・加工・梱包、廃棄物の再利用等の過程で新たな農業技術を導入することにより、競争力の強化と雇用改善を見込んでいる。元来、若者がオリーブの刈り入れのために木に登り、女性が地面に落ちたオリーブを集めるという伝統的な農法により家族全体でオリーブ農業に従事していたが、新技術の導入により、特に若者と女性を中心とした技術習得や農家の収入向上が期待され、またシリア難民にとっては習得した農業技術の自国帰還後の活用も見込まれる39

若者の雇用創出の取り組みについての考察

ヨルダンでは若年層の失業率が36.7%と非常に高く、また高度人材の海外流出に悩まされる中、現地では若年層の雇用支援プロジェクトが複数見られた。特に興味深いのは、単なる若年層の失業率改善のみを目的とするのではなく、例えばICTの積極的な活用や、ザルカ市における公共空間を若者にデザインさせる事業、サルト市の景観を生かした観光事業等、政府が注力する産業分野に沿って、難民との共同作業による社会的結束の強化や若年層を自国に惹きつけるといった副次的な効果も狙っている点である。

多くの訪問先で雇用創出の鍵として挙げられたICT産業に関して、若者特有の課題としては、学生のスキルと市場ニーズのミスマッチが挙げられる。世銀・IFCのレポートでも指摘されているように、ICT教育が重視されているにも拘らず、毎年約8,000人の同分野の卒業生のうち1,700人しかICT分野の職業に就いておらず、教育を受けることが必ずしも就職につながっていないのが現状である40。その背景には需要のあるスキルや知識の習得よりも、資格や学歴証明を得ることが重視されるヨルダンの教育システム上の課題がある41。短期的な需要が見込まれるアウトソーシングや行政機関の電子化に関連するスキルを提供するために、政府、ICT協会や民間企業による研修が活発に行われてはいるが、今後は今以上に人材と市場ニーズのギャップを埋めることが求められている。

女性の雇用創出の取り組み

  • UNDPは、シリア難民などの多い北部のイルビッド県でゴミ処理事業を実施している。ホスト・コミュニティと難民の社会的結束強化、女性の雇用創出の効果も狙う。また、マフラック県で実施している堆肥生成の事業でも女性を雇用している。ゴミ処理と堆肥生成の事業を、農業・畜産の盛んな同県で行うことで、輸送費の低減にも寄与している。

  • ILOによると、文化的背景から女性の外出が難しい状況の下、ヨルダン政府は女性の居住地に近い郊外地域においてサテライト・ユニット(本社や主要拠点から離れた場所に設置される小規模の作業所等)を設置することで、女性の雇用を促進している。一方、サテライト・ユニットは生産性や効率をあげにくい点が課題として挙げられていた。

  • アパレル業のスタートアップ企業Teenahは、シリア難民および、ホスト・コミュニティのヨルダン人女性を雇用している。文化的な背景から、シリア人女性はヨルダン人女性以上に家の外で働くことに制約がある場合が多いため、2つの方策を取っている。1つは女性が子どもの世話をできるよう、家で作業ができる環境を整えること、2つ目はパートタイムから始めて、徐々に労働時間を延ばし、いずれフルタイムでの勤務にすることである。少しずつ意識改革を促すことにより、今では女性が家計を支える存在になる事例も出ている。

  • 日本人のデザイナーが創業し、社長を務めるアパレル業のスタートアップ企業のTribalogyは、伝統・モダンを融合させたデザインのバッグを製造し、ヨルダン人だけでなく難民女性の雇用創出にも貢献している。就労者の意欲を重視して訓練し、完全出来高制で育児や家事との両立をし易い仕組みを作っている。女性たちが作っているということを差別化要素とし、海外や外国人旅行客に販売している。

  • 前述の通り、家父長的な文化の根強いヨルダン において、ICTは女性の雇用創出に有効なセクターである(ICT協会)。現に産業全体に占める女性の比率が14%であるのに対し、ICT産業の女性比率は33%、うち21%は管理職に就いている42。ICT産業の中でも、特にソフトウェア開発では女性が約28%を占める43。ICT協会が主導する団体でICTセクターの女性で構成されるShe Techsでは、同分野を専攻した女性の卒業生を対象に、雇用創出やビジネススキル獲得を目的とした研修提供している44

  • IFCやNGOのSave the children等が支援をしているMicrofund for Womenは、ヨルダン最大の非営利のマイクロ・ファイナンス機関である45。ザータリ難民キャンプの近くの支店を含めた約60の支店を通じ、ヨルダン全体で約140,000人(うち96%は女性)に、また7,500人以上のシリア難民にサービスを提供している。顧客に対し、低金利貸付や保険商品の提供の他、経営スキルやマーケティング、金融リテラシー等の研修、顧客の作った商品の販売を実施している。2017年には支払いや決済が電子上で完結するE-walletや、身分証明の難しいことの多い難民向けに電子IDサービス「Hawiyati」が現在試験的に導入されている46

  • Royal Society for the Conservation of Nature (RSCN)47は、国連教育科学文化機関(UNESCO)や地球環境ファシリティ(Global Environmental Facility: GEF)48、UNDP、アメリカ合衆国国際開発庁(USAID)等の支援の下、ヨルダンの自然保護地域にて環境や生物多様性の保全、地元のコミュニティ開発を行っている。エコツーリズムや女性を対象とした手工芸品のワークショップ開催により、保護地域周辺に住む貧困層の雇用創出や収入向上に貢献し、過剰な放牧や狩猟に代替する生計手段となることで、自然保護にも繋がっている。代表的な例はDana Biosphere Reserve49という年間約3万人が訪れる自然保護地域で、かつては伝統的な放牧等で生計を立てていた遊牧民族を含め複数の民族がここで働き、電気や水や学校へのアクセスのある家に定住している。

女性の雇用創出の取り組みについての考察

前述の通りヨルダンでは女性の雇用比率は約14%と、中東・北アフリカ地域(MENA)の平均である約20%を下回っており、登録済みのシリア難民男性の約半数が就労しているのに対し、シリア難民女性はわずか5%しか就労していない50。渡航中の複数の訪問機関での話からも、近年は特に若い世代を中心に女性の外での就労に対する理解が徐々に広まりつつあるものの、未だ伝統的な家父長制の考え方が根強く、女性が外に出て仕事をする習慣が他の国々と同様の形で急速に広がるのは難しいことが感じられた。

このため、家で仕事ができるという理由から、ICT産業は他の産業に比べて女性の比率が高く、女性の雇用創出に大きな役割を果たしている。また、TeenahやTribalogyのように、在宅での作業から始めて女性の労働に対する周囲の理解を促し、女性の就労機会を作る取組みが有効であることもわかった。加えて、依然として家事・育児は女性の仕事と見なされる風潮があるため、長時間の通勤や、夜遅くの帰宅が好まれない51。これらの原因となる公共交通機関の未発達も、女性の就労機会を奪う要因の一つとなっており、交通手段の整備も不可欠であると考える。

その他の施策として、女性に対する職業訓練を行う際に、スキルの獲得と併せてアントレプレナーシップを育成する事業を実施することや、Microfund for Womenのような女性がアクセスしやすい金融サービスの普及により、女性が起業しやすい土壌を醸成することなどが挙げられる52。既述のヨルダン2025の予測の通り、人口の半分を占める女性の雇用や起業が促進されることで、経済全体の活性化にも大きく寄与することが期待される。

なお、経済分野における女性へのエンパワメントについては、この章の5節(4.2.5 ジェンダー課題)で詳細に論じている。

難民の雇用創出の取り組み

(1)シリア難民向けの取り組み

  • 国連やNGOなどの援助機関で構成される基本的ニーズと生計手段作業グループ(Basic Needs and Livelihoods Working Group)によると、難民キャンプに在住する難民の生活のレジリエンス(回復できる力)と自立性を高めるためにインセンティブに基づくボランティア(Incentive-Based Volunteering: IBV)のスキームが活用されている53。IBVへの難民の参加は、難民キャンプでの人道支援やその他サービスの提供に役立っている。

  • 基本的ニーズと生計手段作業グループ(Basic Needs and Livelihoods Working Group)によると、アズラック難民キャンプには18歳~59歳の労働力人口15,352人が居住しており、そのうち1,938人(男性56%、女性44%)がIBVを行っている54。ザータリ難民キャンプには18歳以上の労働力人口30,686人が居住しており、そのうち5,802人(男性61%、女性39%)がIBVを行っている55

  • ザータリ難民キャンプとアズラック難民キャンプでは、OXFAM(オックスファム)、NRC(ノルウェー難民評議会)、CARE(ケア)などのNGOや、UNICEF、UN Womenなどの国連機関がIBVを用いてキャンプ内の難民の雇用創出の取り組みを行っている。例えば、地理情報システム(GIS)を使用した地図作成、難民へのアンケート調査、手作りの石鹸やアクセサリー作り、学校給食センター、診療所、美容院、コンピュータ教室での勤務、農業従事者への水資源活用研修等の分野である。アズラック難民キャンプで出会った難民女性は、「私はシングル・マザーで幼い子どもたちがいるので、IBVを通じて仕事をもらえることは非常にありがたい」と話していた。

  • ザータリ難民キャンプとアズラック難民キャンプでIBVを実施しているNGOであるDRC(デンマーク難民評議会)の調査によると、IBVは基本的な生活ニーズを充足するのに役立ったとともに、活動中の精神的な充足にも役立ったという結果が出ている56

  • UNHCRは、ザータリ難民キャンプの太陽光発電事業で、IBVのスキームを用いてヨルダン人とシリア難民を雇用している。

  • ILOとUNHCRは、2017年にザータリ難民キャンプに、2018年にアズラック難民キャンプに職業安定所を設置している。その目的は、「キャンプで暮らすシリア難民のヨルダン国内全土での公式の就労機会の獲得を円滑化すること」である57

  • UNHCRによると、ザータリ難民キャンプでは13,220の就労許可証(男性80%、女性20%)が発行されており、就労許可の所有者は、ザータリ難民キャンプの労働人口(18~60歳)の約44%を占めている58。2018年のザータリ難民キャンプの職業安定所によると、就労許可が出た分野は農業分野が85%と突出しており、続けて多い順に建設(9%)、製造業(4%)、飲食業(2%)となっている59

  • ILOによると、難民キャンプにある職業安定所では就労許可を申請できるほか、労働相談や職業訓練を受けたり、職業紹介サービスも受けることができる60。さらに、就労許可をもつ難民は、その都度最長1か月の間難民キャンプを離れることが可能になるため、就業機会をヨルダン全体で探すことも可能になっている61。アズラック難民キャンプ訪問時にWFPから受けた説明では、ヨルダン政府による就労許可を取得すれば、難民キャンプ外で就労ができ、アズラック難民キャンプにいるシリア難民の7,000人以上が日中はキャンプを離れて町に働きに出ているとのことであった。

  • アズラック難民キャンプ内には150の商店がある。うち半数がシリア難民により運営されており、残りの半数はアズラックの現地コミュニティの住人が所有している。

  • EUは、前述のヨルダン・コンパクトの一部として、製造工程において15%以上シリア難民を雇用している企業に対し、製品のEUへの輸出関税を免除する協定をヨルダンと結んでいる62。またEU向けのアパレル製品を作る工場が未成熟なことから、ILOは工場を訪問して、不当な待遇・環境での労働が行われないよう、労働条件改善のための支援をしている。

  • 計画・国際協力省は、諸外国や国連機関などのドナーミーティングを実施し、ヨルダンの開発がもたらす価値について議論することで、分野横断的な施策が必要であることを説いている。また、ヨルダン対応計画(JRP) に基づき、達成度や今後のアクションプランを確認するドナー委員会を開催している。

  • 世銀は、ヨルダン人と競合しない分野での難民への就労権付与を政府に促している。また、教育省を通じたシリア難民支援として、ヨルダン人の社会的弱者に対してコミュニティ・センター建設の支援等を実施している。

  • NGOのNRCは難民の若者向けに、プログラミングやウェブデザイン、コンピュータ・ドライビング・ライセンスの研修を実施している63

  • 基本的ニーズと生計手段作業グループ(Basic Needs and Livelihoods Working Group)は、ヨルダン政府と協力しながらシリア難民の就労状況や支援に関する情報を共有し、グループ内で連携を進めている。

(2)パレスチナ難民向けの取り組み

  • UNRWAはパレスチナ難民向けにマイクロ・ファイナンスを実施しており、2017年にはヨルダンで12,986人に計1,400万ドルの貸し付けを実施した。UNRWAは複数のマイクロ・ファイナンス商品を用意しており、そのうちの1つは女性の在宅ビジネス支援を目的としている。また、UNRWAはヨルダンでの融資事業を強化する必要があるとしている64

  • JICAはUNRWAと協力しながら、パレスチナ難民を対象に2006年から職業訓練や起業支援を行っており、2009年からは女性の就労促進を広める活動をしている65

  • アパレル業のスタートアップ企業であるKhoyootは、バカァ・パレスチナ難民キャンプの女性による、パレスチナの伝統刺繍を取り入れた手作りの衣服や携帯ケースの製造を支援している。ウェブサイトを通じて製品の販売をする他、利益の一部を利用して難民キャンプでの刺繍技術の研修の実施したり、家庭訪問を通じて女性の材料受け取りや研修受講のための外出に対する男性の理解促進に働きかけたりしている。また、難民キャンプでの子どもへの英語や数学の特別授業の提供も行っており、生計支援、研修や教育など様々な方法で、女性や子どものエンパワメントを行っている66

難民の雇用創出の取り組みについての考察

上述のように、政府や援助機関、民間企業がそれぞれの分野で多様な取り組みをしている。難民キャンプで行われていたインセンティブに基づくボランティア(IBV)は、難民キャンプでのサービス提供や生計支援への一定の効果があるといえる。これまで見てきたように、国際機関やNGO、民間企業が難民の就労支援や雇用をする事業も多数実施されている。

シリア難民には就労許可が出ている一方で、許可数や職種が限られている実態も垣間見られた。また、既述のように就労許可の取得そのものに関する障壁もある。パレスチナ難民においても、ガザ出身者には就労許可が与えられていないという厳しい現実がある。

過去数年で100万人以上の難民流入があったことや難民への社会サービスによる財政負担に鑑みると、難民を支援対象と見做すのみではなく、労働市場に組み込み経済成長の一翼としていくことは喫緊の課題であるといえる。ヨルダン政府、国連機関、NGO、民間企業が政策・実務面で、難民がヨルダン経済の発展に寄与する存在となれるよう、取り組みをさらに深化させていくことが求められる。

今回の訪問では、1週間という限られた時間の中で主に難民キャンプでの難民支援事業を訪問したことから、難民ならびに難民の雇用に関しては断片的な理解しかできていない。シリア難民の場合は約8割の難民が難民キャンプ外(都市)に住んでいることを考慮すると、都市に住む難民の就労支援や実態について理解を深める必要がある。また、シリア・パレスチナ難民以外のイラクやイエメン難民等の置かれる状況についても、詳しく見ていくべきであろう。

ウガンダの難民政策からの考察

難民の雇用に関する課題に対する解決策のヒントとして、ヨルダンと同様に多くの難民を受け入れ、また、その難民政策が一定の成果をあげているウガンダの事例を紹介したい。

南スーダンから約85万人、コンゴ民主共和国からの約40万人をはじめ、周辺国から多くの難民を受け入れているウガンダは67、「世界で最も難民に寛容な国」として知られる。他の難民受入国では制限されていることの多い、難民への就労許可、土地の耕作、移動の自由を認めており、難民でもウガンダ人同様に医療サービスや初等教育を受けることができる。

国連難民高等弁務官のフィリッポ・グランディをはじめ、多くの国際機関から賞賛されているこの「ウガンダ・モデル」には、同国で国内情勢が悪化し、多くの国内避難民が出た過去の経験が背景にあり、「明日は我が身」の考え方に基づいた難民政策が生まれた。

この政策により、多くの難民が完全に支援だけに頼った生活ではなく、ある程度自力で生活の糧を生み出したり、稼ぐことができている。これは、農業による自給自足というパターンに限らない。都市部に生活する難民のうち21%が事業を営んでおり、その従業員の40%がウガンダ人だというデータもある68。つまり、難民が興した事業により、難民受入国のウガンダ人が雇用されているのである。このことは、難民に寛容な政策が難民のみならず、受入国民にも恩恵があることの証明の1つであるといえる。難民や受入国民だけでなく、政府としても、このような政策を推し進めることで、援助機関から支援を引き出しやすくなり、関連した雇用が生み出されることに加え、不毛な土地が開拓されるなどのメリットがある。

ヨルダンにおいても、特に近年多く難民を出しているシリアは、もともと農業や繊維産業が盛んな国であったことや、教育水準も高かったことから、シリア難民に就労の門戸を広げることが、ヨルダンで成長が期待されるアパレル・農業・ICT産業等の興隆につながる可能性もある。ヨルダンとウガンダでは、気候や産業構造、人口規模や難民の比率、社会的・文化的背景など多くの違いがあり、ウガンダの政策をそのまま適用することは難しい。しかしながら、ヨルダンにおいても、このウガンダ・モデルを参考に、国内最大のザータリ難民キャンプの近隣にある経済特区(King Hussein Bin Talal Development Area)において、難民の雇用を促進するという試験的なプロジェクトがアブダリ国王のイニシアティブのもとで行われているという事実もある。

ウガンダの政策も難民とホスト・コミュニティの間に軋轢が生まれている場所もあるなど良い面ばかりではない。しかし、難民たちにとって経済的に自立する機会と権利を得ることは、単に生活・金銭面の負担が軽減されることにとどまらず、人としての尊厳を保つという点においても非常に重要である。また、受入国にとっても、限られた分野・形態でしか就労の機会のない難民を活用することが、経済の発展に寄与する可能性は少なくない。更に、将来的に難民が自国へ帰還する際には受入国での就労経験が帰還先での生計再建に活かせることが見込まれる上、難民受入国においても経済・貿易面で連携することができる余地もある。以上の理由から、ヨルダン政府が「ウガンダ・モデル」を参考にする利点はあると考える。

4)まとめ

現地渡航や調査を通じて、経済発展や失業率改善のために政策・実務面の双方で(1)受け皿となる産業の拡大と(2)就職や人材の課題への対処を目的とした、多様な雇用創出プロジェクトが実施されていることが分かった。投資誘致や労働環境の整備、民間セクター支援、各産業における改革や改善、難民キャンプでのインセンティブに基づくボランティア(IBV)等、複数の成功事例や状況改善の兆しが見られた。また、世銀のビジネス環境の現状 2020(Doing Business 2020)の ランキングで前年の104位から75位への大幅なランキング上昇に示されるように69、特に法整備を中心としたビジネス環境の改革においては、ヨルダン政府や支援機関の長年の努力の成果が着実に評価を得始めている。

産業と雇用創出について、特に各アクターが軒並み注力しているICT産業は、市場ニーズと人材のミスマッチの解消が早急に行われることで、若者・女性・難民全ての雇用創出が大いに期待できる分野である。その一方で、世界的に競争が激しい同分野で人材流出に対処するには、人件費の高騰や他国企業の業績に左右されるアウトソーシングのみでなく、電子政府に見られるような取り組みを推進する必要があると考える。また、近隣諸国との協働により、ICT協会でも挙げられていたフィンテックやアグリテック等の最先端技術に特化した試験区域を設けることも一案である。

アパレル業も同様に、TeenahやTribalogyで見られたように、外での就労に関する制限が多いヨルダン人やシリア難民の女性の雇用創出に一役を買う可能性がある一方で、さらなる雇用を生み出すためには、ブランドの確立とマーケティングの強化、また減税等の政策面での支援等により、人件費の高騰や工場での安価な大量生産との競争に打ち勝ち産業として拡大させることが今後も必要とされる。

また、これまで経済システムから外れ、伝統的な手法で小規模に行われてきた農業分野においては、灌漑技術や品種改良、マーケティングの改善、金融アクセス向上などにより、効率化や最適化を図ることで継続的な高成長が予測され、同分野で働く若者や女性などの収入向上が期待できる。一方で、非正規の就労や児童労働が見られ、平均的な収入が必要最低水準を満たしていない等、労働環境改善の必要性が指摘されている。またICT産業等に比べて飛躍的な生産性の向上が期待しづらい農業においては、技術の導入と普及に時間がかかるといった課題、輸送手段やインフラの整備等の課題も多く、政府からの助成金からの脱却は多くの諸外国同様に時間を要するであろう。

観光業についてはサルト市の観光開発に見られるような伝統的な景観の保護に加え、Dana Biosphere Reserveに見られるようなエコツーリズムと特産品の生産といった、環境と伝統をうまく保護する方法で観光客と資金を引き寄せることができ、周辺地域の貧困層や女性の雇用創出に寄与する可能性が高いと考える。また、ICTを利用したマーケティングの強化も期待したい。

また、全般的な就職環境に関しては、人材と職業のミスマッチを解消するためのキャリア・カウンセリングの能力強化事業等は見られたものの、TeenahやTribalogyの求人が口コミで行われているように口コミや縁故に依存する就職文化の変化や、安定的な公共セクターを求める若者のマインドチェンジ、女性の就労に対する社会的通念の変化は容易ではない。対策として、中小零細企業への資金流入による雇用市場での存在感の向上に加え、キャリア・カウンセリングの事業で見られたようなマッチングの仕組みの普及が必要である。またその際に、現状の対面だけではなく、オンラインでのカウンセリングが広まることが望まれる。これらはICTの活用による雇用のマッチングの改善のみならず、成長が見込まれるICT産業の発展に間接的に寄与することも期待できる。さらに、ICT協会やマイクロ・ファイナンス機関のネットワークであるTanmeyahのような同業者コミュニティの活性化を行うことも、産業内における基幹企業の育成や、職能別組合などコミュニティを通じた雇用システムの発達、求職者の意識の変化を促し、雇用の拡大に繋がるだろう。

現在の政策や事業がヨルダンの自立的な雇用創出を促すのに効果的であることを実証するには、時間を要するであろう。近年の国連や外国政府などによる支援が今後も継続する保証がない中で、産業の拡大や雇用創出においてヨルダン政府や同国に展開する組織がどのような戦略をとっていくのか、今後も期待を持って注目していきたい。

後記

経済に関する仮説と調査・考察については、渡航前の仮説を「JSPの参加者全員が納得できるもの」としたため、問いの粒度が大きなものになってしまったことは否めない。ヨルダンの高い失業率と近年の人口増や経済の低迷に鑑み、雇用創出が喫緊の課題であることは確かであるものの、それは発展途上国で見られる一般的な課題の1つであるとも言える。仮説の設定時に、ヨルダンならではの仮説となるまで絞り込む必要があった。また、仮説が漠然としたものであったことから、渡航時の訪問や渡航後の調査は政策や雇用創出の取り組みを考える包括的なものになった一方で、時間の制約もありそれぞれの産業での調査は十分にはできなかった。さらに、渡航前の学びでは主に産業別で分析していたものを、渡航後に対象別(若者・女性・難民)としたことで、考察が断片的になってしまった点も反省点と言える。以上の反省をもとに、今後も継続的にリサーチをし、ヨルダンの雇用創出の取り組みに関する知識を深めていきたい。

          

[1] ヨルダン政府統計局, http://dosweb.dos.gov.jo/19-2-unemployment-rate-during-the-second-quarter-of-2019-2/, accessed on 17 January 2020.

[2] World Bank, https://data.worldbank.org/indicator/SL.UEM.1524.ZS?locations=JO, accessed on 17 January 2020.

[3] World Bank, https://data.worldbank.org/indicator/SP.POP.TOTL?locations=JO, accessed on 17 January 2020.

[4] ヨルダン政府統計局, http://dosweb.dos.gov.jo/19-2-unemployment-rate-during-the-second-quarter-of-2019-2/, accessed on 17 January 2020.

[5] World Bank (2018) Hashemite Kingdom of Jordan: Understanding How Gender Norms in MNA Impact Female Employment Outcomes. World Bank.

[6] Jordan 2025: A National Vision and Strategy, http://www.nationalplanningcycles.org/sites/default/files/planning_cycle_repository/jordan/jo2025part1.pdf, accessed on 17 January 2020.

[7] Palestinian Central Beaureau of Statistics, http://www.pcbs.gov.ps/Portals/_Rainbow/Documents/Registered-Refugees-by-Country-Diaspora-E-2017.html, accessed on 12 December 2019. 錦田によると、2004年時点でヨルダンで登録されているパレスチナ難民は6割程度だった。よって、現在も登録者数よりも多いことが推定される。錦田愛子「ヨルダンにおけるガザ難民の法的地位」『イスラーム地域研究ジャーナル』Vol. 2(2013年)、13-24ページ,  https://www.waseda.jp/inst/ias/assets/uploads/2010/04/JIAS_02_Nishikida_13-24.pdf, accessed on 10 December 2019.

[8]  UNHCRヨルダン fact sheet (2019年10月)によると登録されているシリア難民は74.5万人だが、ILO(2017)は登録されていない難民も含めると合計127万人程度になるとしている。ILO, http://reporting.unhcr.org/sites/default/files/UNHCR%20Jordan%20Fact%20Sheet%20-%20October%202019_0.pdf, accessed on 12 December 2019; ILO,  https://www.ilo.org/beirut/media-centre/fs/WCMS_555688/lang–en/index.htm, accessed on 12 December 2019.

[9] Open Society Foundation & Building Market (2019) Another to the story Jordan: A Market Assessment of Refugee, Migrant, and Jordanian-owned Businesses, https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/70422.pdf, 10 December 2019.

[10] UNHCR, http://reporting.unhcr.org/sites/default/files/UNHCR%20Jordan%20Fact%20Sheet%20-%20October%202019_0.pdf, accessed on 17 January 2019; ILO, https://www.ilo.org/beirut/media-centre/fs/WCMS_555688/lang–en/index.htm, accessed on 17 January 2019.

[11] MoPIC, Jordan Response Plan for the Syria Crisis 2017-2019, https://www.susana.org/_resources/documents/default/3-3356-189-1533027909.pdf, accessed on 10 December 2019.

[12] CNBC, https://www.cnbc.com/2019/01/24/jordans-pm-we-need-a-more-sustainable-plan-to-help-countries-hosting-refugees.html, accessed on 10 December 2019.

[13] World Bank (2016) MENA Quarterly Economic Brief, https://reliefweb.int/report/syrian-arab-republic/mena-quarterly-economic-brief-january-2016-economic-effects-war-and, accessed on 10 December 2019.

[14] Trading Economics, Jordan Exports by category in 2018,  https://tradingeconomics.com/jordan/exports-by-category, accessed on 17 January 2020.

[15] World Integrated Trade Solution, https://wits.worldbank.org/CountryProfile/en/Country/JOR/StartYear/1994/EndYear/2017/TradeFlow/Export/Indicator/XPRT-TRD-VL/Partner/BY-REGION/Product/50-63_TextCloth, accessed on 17 January 2020.

[16] ヨルダン・コンパクトについては、EUのホームページに簡単にまとめられている。EU, https://ec.europa.eu/neighbourhood-enlargement/sites/near/files/jordan-compact.pdf, accessed on 17 January 2020.

[17] FIBRE2Fashion.com, https://www.fibre2fashion.com/industry-article/7637/jordan-becomes-the-home-for-luxury-apparel, accessed on 17 January 2020.

[18] Economic Policy Council, Jordan Economic Growth Plan 2018-2022, http://www.ssif.gov.jo/UploadFiles/JEGProgramEnglish.pdf, accessed on 17 January 2020.

[19] 投下資本とは企業が投じた事業活動等のための資本のこと。2011年から2016年にかけ、農業分野のGDP成長率+14%に対し、雇用者数は▲49%、投資額は▲19%だった。資本/労働力は+58%で、農業GDP/労働力は+125%と、労働力に対する資本効率、生産性が向上している。 WANA Institute (2019) The Syrian Refugee Crisis and Its Impact on the Jordanian Labour Market, http://wanainstitute.org/sites/default/files/publications/Publication_SyrianRefugeeCrisisImpactJordanianEconomy_English.pdf, accessed on 17 January 2020.

[20] 特定のデータが、一切の著作権や特許などの制限なしに、全ての人が望むように利用できる形で入手できるべきであるという考え。

[21] Economic Policy Council, Jordan Economic Growth Plan 2018-2022, http://www.ssif.gov.jo/UploadFiles/JEGProgramEnglish.pdf, accessed on 17 January 2020.

[22] 2008年には8%程度だった経済成長率が直近では2%以下になっており、高い失業率、難民流入が通常予算を圧迫しているのだという。

[23] MoPIC,  http://inform.gov.jo/en-us/By-Date/Report-Details/ArticleId/247/Jordan-2025, accessed on 17 January 2020.

[24] ODI (2018) Jordan compart: Lessons learnt and implications for future refugee compact, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/62095, accessed on 10 December 2019.

[25] Jobs make the difference, https://www.jobsmakethedifference.org/full-report, accessed on 10 December 2019. ヨルダン、エジプト、イラク、レバノン、トルコで110万人のシリア難民の雇用創出をすることで合意している。 ODI (2018) Jordan compart: Lessons learnt and implications for future refugee compact, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/62095, accessed on 10 December 2019.

[26] UNRWA, https://www.unrwa.org/where-we-work/jordan/baqaa-camp, accessed on 31 December 2019.

[27] 錦田愛子「ヨルダンにおけるガザ難民の法的地位」『イスラーム地域研究ジャーナル』Vol. 2(2013年)、13-24ページ,  https://www.waseda.jp/inst/ias/assets/uploads/2010/04/JIAS_02_Nishikida_13-24.pdf, accessed on 10 December 2019.

[28] int@j (2018) Jordan ICT & IETs Sector Statistics 2018, http://intaj.net/wp-content/Studies/2018.pdf, accessed on 17 January 2020.

[29] 生産地から小売まで、食品を所定の温度に保ったまま流通させる手法。

[30] Economic Policy Council, Jordan Economic Growth Plan 2018-2022, http://www.ssif.gov.jo/UploadFiles/JEGProgramEnglish.pdf, accessed on 17 January 2020.

[31] World Bank, Small and Medium Enterprises (SME) Finance,https://www.worldbank.org/en/topic/smefinance, accessed on 17 January 2020.

[32] 革新的なデジタル技術による起業または既存ビジネスの変革。

[33] KYCとは顧客の銀行口座開設時に金融機関等に求められる本人確認義務のこと。e-KYCはそれを電子上で行うこと。

[34] Economic Policy Council, Jordan Economic Growth Plan 2018-2022, http://www.ssif.gov.jo/UploadFiles/JEGProgramEnglish.pdf, accessed on 17 January 2020.

[35] World Bank (2019) Project Information Document: Jordan Youth, Technology, and Jobs Project, P170669, http://documents.worldbank.org/curated/en/799631573209713687/Project-Information-Document-Jordan-Youth-Technology-and-Jobs-Project-P170669, accessed on 17 January 2020.

[36] Tent, https://www.tent.org/members/, accessed on 23 January 2020.

[37] International Food Policy Research Institute, Rural Economic Growth and Employment Project (REGEP) , https://egyptssp.ifpri.info/2018/05/21/jordan-rural-economic-growth-and-employment-project/, accessed on 23 January 2020.

[38] Mercy Corpsとはアメリカの非政府人道支援機関。Mercy Corps, https://www.mercycorps.org/, accessed on 23 January 2020.

[39] Mercy Corps (2019) Market system assessment of the olive oil value chain – Irbid & Mafraq Governorate, Jordan, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/62035, accessed ib 23 January 2020.

[40] World Bank (2019) Project Information Document – Jordan Youth, Technology, and Jobs Project, P170669, http://documents.worldbank.org/curated/en/799631573209713687/Project-Information-Document-Jordan-Youth-Technology-and-Jobs-Project-P170669, accessed on 23 January 2020.

[41] World Bank (2019) Project Information Document – Jordan Youth, Technology, and Jobs Project, P170669, http://documents.worldbank.org/curated/en/799631573209713687/Project-Information-Document-Jordan-Youth-Technology-and-Jobs-Project-P170669, accessed on 23 January 2020.

[42] Roya News, https://en.royanews.tv/news/16881/Jordanian-women-occupy-21–of-leadership-positions-in-ICT-sector, accessed on 31 December 2020.

[43] int@j (2018) Jordan ICT & IETs Sector Statistics 2018, http://intaj.net/wp-content/Studies/2018.pdf, accessed on 17 January 2020.

[44] int@J, http://intaj.net/intaj-launches-the-shetechs-council-to-increase-women-representation-in-the-sector-on-november-28/, accessed on 23 January 2020.

[45] Microfund for Women, http://www.microfund.org.jo/, accessed on 23 January 2020.

[46] Microfund for Women や Tamweelcom等のマイクロファイナンス機関や International Rescue Committeeとのパートナーシップの下、電子ID 「Hawiyati」というサービスが現在試験的に導入されている。電子IDを付与された難民は、政府やUNHCRにより発行された身分証明、信用情報、雇用履歴、学歴等を電子上で証明することができ、帰国や再定住後の銀行口座開設時にも利用することができる。Hawiyati, https://www.makingcents.com/hawiyati-english, accessed on 23 January 2020.

[47] Royal Society for the Conservation of Nature, https://www.rscn.org.jo/, accessed on 23 January 2020.

[48] 世銀、UNDP、UNEPがGEFのプロジェクト実施機関である。

[49] Dana Biosphere Reserve, https://en.unesco.org/biosphere/arab-states/dana?fbclid=IwAR3F3agxm-3uNnwCPcZV9DQAQWUYrPCecvb2tODa16kD4TxkETIZUCzIwQ8, accessed on 23 January 2020.

[50] World Bank (2019) Project Information Document – Jordan Youth, Technology, and Jobs Project, P170669, http://documents.worldbank.org/curated/en/799631573209713687/Project-Information-Document-Jordan-Youth-Technology-and-Jobs-Project-P170669, accessed on 23 January 2020.

[51] 世銀の調査によると、男女ともに90%以上が女性が働くことに対しては賛同しているものの、17時以降の帰宅に賛同する人は女性が49%、男性は17%である。World Bank (2019) Measuring Social Norms about Female Labour Force Participation in Jordan, http://documents.worldbank.org/curated/en/889561561555247104/pdf/Measuring-Social-Norms-About-Female-Labor-Force-Participation-in-Jordan.pdf, accessed on 23 January 2020.

[52] Vulnerability Assessment Frameworkでは、貧困層のシリア難民において、借入をし家賃等に充当している人ほど借入のない人よりも多い収入を得ており、また女性主導の家庭は男性主導の家庭よりもより少ないお金で家計をやりくりできることが指摘されている。UNHCR, 2019 VAF population report, https://data2.unhcr.org/en/documents/details/68856, accessed on 23 January 2020.

[53] Basic Needs and Livelihoods Working Group (2019) Incentive based volunteering in Azraq camp, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/72699, accessed on 10 December 2019.

[54] Basic Needs and Livelihoods Working Group (2019)Incentive based volunteering in Azraq camp, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/72699, accessed on 10 December 2019. IBVは職能によって、i) 高い技能がある、ii) 技能がある、iii) やや技能がある、の3つのレベルに分けられている。

[55] Basic Needs and Livelihoods Working Group (2019)Incentive based volunteering in Zaatari camp, https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/72320.pdf, accessed on 12 December 2019.

[56] DRC, Supporting livelihoods in Azraq refugee camp, https://reliefweb.int/sites/reliefweb.int/files/resources/DRCJO_Supporting%20livelihoods%20in%20Azraq%20Refugee%20Camp.pdf, 12 December 2019.

[57] ILO, https://www.ilo.org/beirut/media-centre/news/WCMS_618068/lang–ja/index.htm; https://www.ilo.org/beirut/media-centre/news/WCMS_618068/lang–ja/index.htm, accessed on 10 December 2019.

[58] UNHCR, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/72612, accessed on 10 December 2019.

[59] UNHCR, Zaatari Office for Employment, https://data2.unhcr.org/en/documents/download/63254, accessed on 10 December 2019.

[60] ILO, https://www.ilo.org/beirut/media-centre/news/WCMS_618068/lang–ja/index.htm; https://www.ilo.org/beirut/media-centre/news/WCMS_618068/lang–ja/index.htm, accessed on 10 December 2019.

[61] ILO, https://www.ilo.org/beirut/media-centre/news/WCMS_618068/lang–ja/index.htm; https://www.ilo.org/beirut/media-centre/news/WCMS_618068/lang–ja/index.htm, accessed on 10 December 2019.

[62] UNDP, https://www.jobsmakethedifference.org/country-briefs, accessed on 10 December 2019.

[63] Wamda,  https://www.wamda.com/memakersge/2018/01/teaching-coding-young-refugees-generate-job-opportunities-thousands, accessed on 23 January 2020.

[64] UNRWA, https://www.unrwa.org/activity/microfinance-jordan, accessed on 31 December 2019.

[65] JICA, https://www.jica.go.jp/topics/2018/20181004_01.html, accessed on 31 December 2019.

[66] Khoyoot,  http://khoyoot.org/, accessed on 23 January 2020.  同社は2019 Orange Social Venture Prize Africa & Middle East でヨルダンで一位を受賞している。Entrepreneur Club, https://entrepreneurclub.orange.com/en/news/2019-the-national-winners-of-the-orange-social-venture-prize.html, accessed on 23 January 2020.

[67] UNHCR, https://data2.unhcr.org/en/country/uga, accessed on 30 November 2019.

[68] ウガンダの難民政策は、TEDトークでのAlexander Bettsのスピーチで分かりやすく説明されているTED, https://www.ted.com/talks/alexander_betts_our_refugee_system_is_failing_here_s_how_we_can_fix_it, accessed on 29 November 2019.

[69] World Bank, Doing Business 2020 : Comparing Business Regulation in 190 Economies, https://openknowledge.worldbank.org/handle/10986/32436, accessed on 23 January 2020.