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谷野 直子 さん
国連大学 広報部 PR/メディア・コーディネーター

 

谷野直子(やのなおこ):東京都出身。上智大学比較文化学部日本語日本文化学科(美術史専攻)卒業後、ハーゲンダッツ・ジャパン、マウナ・ロア マカデミアナッツ日本事務所勤務。その後、コミュニケーション・コンサルティング会社で主に東京モーターショーのプレス事務局を担当。マギル大学経営修士号取得後、2005年より現職。

Q.国連で勤務なさることになったきっかけを教えてください。

私が今の仕事に就いたのは、純粋に広報の仕事がしたかったからです。国連大学に来るまではずっと、民間企業で営業と広報に携わってきました。大学時代には普通に就職活動をして、卒業後はハーゲンダッツ・ジャパンでマーケティングの仕事をしていました。その後、海外の食品メーカーの代理店に転職し、ハワイのマカデミアナッツのメーカーが日本に進出するための事務所立ち上げなどを行ううちに、輸入業だけでなくブランドを広報する仕事をしたいと思うようになり、コミュニケーションに関するサービスを提供するコンサルタント会社に移りました。そこでの私の主な担当は東京モーターショーのプレス事務局業務で、合計で6回のショーを担当しました。国連大学の広報の仕事に空席が出た事は友人を通して知り、応募しました。

実は、それまでは国連大学が何をやっているところかもよく知りませんでした。でも、国連大学が広報の変革を求めていることを知って、この仕事に興味を持ちました。国連大学は、プレスリリースを出してマスコミが来てくれるのを待つだけという広報長年続けていたそうです。私は営業出身なので、座って待っているだけというのは性に合いません。自ら動いて営業していく広報をさせていただけると聞き、それなら面白そうだと思いました。

実際に仕事を始めてみると、前任者は既に去っていて、マスコミ関係者の名刺一枚すら引き継ぐことができませんでした。誰からも何も教えてもらえない、文字通りゼロからのスタートを切ることになったのです。そこからは、国連大学がいわゆる普通の大学ではなく研究機関であること、国連機関の幹部や国家元首が来日した際の講演を開催していることなどを皆さんに知っていただくことから始めると同時に、こちらから出向く広報を積み重ねました。たとえば、アフリカに関する活動であれば、まず新聞社に電話をかけて「アフリカを担当している方を教えてください」と聞き、教えてもらった担当記者のところに出かけていって、「国連大学といいますが、今度リベリアの大統領が来日し、講演をするのでぜひいらしてください」と営業しました。そうやって少しずつ関係を築き、今では各分野で「この件ならこの人」とピンとくるようになって、円滑に仕事をさせていただいています。

また、日本にある国連機関の間でも、これまでは横のつながりが弱く、情報交換をすることなどなかったそうです。それでは日本の国連機関全体が弱体化してしまいますし、それぞれの知見を活かすこともできずもったいないと思いました。そこで、各国連機関の広報担当者に積極的に連絡を取ることから始め、今では困ったときにはお互いさまという感じで、何かあるとすぐに連絡を取りあえるようなネットワークができています。

Q.今はどのようなお仕事をなさっているのですか。

いろいろな仕事を楽しくさせていただいていますが、主な仕事は、国連大学の広報活動です。具体的には、日本における国連大学の認知度を高めることですね。国連大学は、売るのが難しいんです。研究機関だからということもありますし、国連機関である以上、日本のためだけに何かをしているわけでもないからです。私は着任当初から自由に広報活動をすることができたので、まずは顔が見える機関をめざして、国連大学の「人」を売っていくことにしました。国連大学には外国人職員も多く、おもしろい人がたくさんいます。昨年は、そういう人をテレビや新聞、雑誌で紹介していただく機会を数多くつくりました。今年は「人」に加えて「中身」を売っていきたいですね。そして、日本に根ざした活動をもっと増やしていきたいと思っています。

また、ほかの国連機関と協力して開催する様々なイベントや企画も大事な仕事です。日本では、3月8日の「国際女性の日」と10月24日の「国連デー」に、全国連機関の共催でイベントを行うことになっているので、こうした大きな共催イベントでは、国連機関で唯一日本に本部がある国連大学がリーダーシップを取らせていただいています。

広報というのは、自分のことだけやっていればいいというわけではないんですね。私がこれまでの営業の経験、そして人生全般から学んだのは、まずはこちらから何かを提供しないと、相手から何かを得ることはできない、ということです。自分だけが欲しがる、ただ単に広報してもらおうとする、という姿勢ではだめで、こちらがそれなりの情報を提供してこそ、相手が足を運んでくださるんです。タダで何かをしてもらおうとするのではなく、ウィン・ウィン(win-win)の関係をつくらなければいけません。

民間企業であれば、お金を払うという形で、相手にとってどんな利益があるのかをわかりやすく示すことができます。国連ではそういうことがないので、どちらか一方だけが利益を得て終わりになってしまいがちですが、それではいけないと思うのです。たとえば、私はジャーナリストの方に会うと、その方が担当している仕事だけではなく、個人的に興味を持っている分野を必ず聞くようにしています。そうすれば、その方の仕事に直結することだけでなく、個人的に興味を持っている分野についての情報も提供することができるからです。そうやって人々のニーズを把握することで、人と人とをつなぐこともできます。

Q.民間企業でのご経験も豊富ですが、国連で働くことの魅力は何でしょうか。

国連のおもしろさは、地球全体を見渡すかのように、いろいろなことを幅広く見ることができるところにあると思います。国連大学に入り、国連のことを勉強するようになってから、国連の活動は非常に魅力的だと感じることがたくさんありました。そして調べれば調べるほど、ほかの国連機関のことも知りたくなります。常に本を読み、勉強していなければいけないのですが、それが逆に刺激になりますし、毎日新しいことを学べるのがとても楽しいです。

一方、民間企業は利益を追求しているので、国連機関が持っているのとは別の意味での危機感を常に持っています。たとえば、私が営業をしていた時代は「今この話がまとまらなければ会社に戻れない」という危機感を抱えながら毎日を過ごしていました。大変ではありますが、それがいい刺激でもありました。国連にも「今これをやらなければいけない」という危機感がもう少しあれば、日々の仕事が効率的に進むかもしれません。また、私は社員がお互いにフォローしあうという日本企業のやり方に慣れていたので、個々人が独立して仕事をしていて、誰か一人が休暇を取ればその人が担当している仕事は止まりがち、という方式に初めは驚きました。

Q.これまで印象に残ったお仕事はどのようなものでしょうか。

一番は昨年の国連デーですね。国連全機関の共催イベントに、JICAと、CSR(Corporate Social Responsibility、企業の社会的責任)活動の一環ということで民間企業4社が初めて参加してくださったのです。ディズニーランドを経営しているオリエンタルランドは、この日のために子ども向けのショーをつくってくださいました。普段はあまり人が来ない国連大学前の広場が人でいっぱいになって、NHKのニュースでも取り上げられました。ユニクロは古着を集めてアフリカの難民に寄贈している自社の活動を紹介してくださいましたし、ダノンフーズは飲料水を提供してくださいました。また、住友化学が開発した、マラリア対策のために防虫剤を練り込んだ蚊帳を使って難民キャンプを再現し、難民の暮らしを実際に体験してもらうコーナーもつくることができました。こうして国連機関が一丸となって一つのことに取り組むことができて、非常にありがたく思います。

また、民間企業がいい意味での危機感を持ちながら日々仕事をしていることを見る機会を頂き、それに引っぱり上げられるようにして皆の仕事のレベルを高めることができました。国連で働くことに慣れると、それぞれ自分の仕事に一生懸命になりすぎて、それを一般の人にわかりやすく伝えるということが難しくなってきます。たとえば、「地雷」や「HIV/エイズ対策のコンドーム」といった言葉は、国連の中では日常的に飛び交っています。でも、一般の人の中ではそうではないということに、民間企業と一緒に仕事をすることで改めて気づかされました。それが私たち国連機関にとっては刺激になりましたし、だからこそいいものをつくることができたのだと思っています。

国連には、ケンカしてでもいいものをつくろうという発想があまりありません。民間企業であれば、プレゼンテーション一つとっても、その出来が何千万円という仕事の成否に直結するので、社員同士でケンカしてでもいいものをつくろうとします。残念ながら国連では「やりさえすればいい」という雰囲気が生まれがちなのですが、昨年の国連デーではそんな雰囲気はありませんでした。近隣の幼稚園や小学校の子どもたちもたくさん来てくれたので、自分たちがやったことで子どもたちの笑顔がこんなに見られる、という実感を得ることができたのもすごくよかったと思います。

Q.将来はどのような分野でキャリア・アップされていくおつもりでしょうか。

私は、その日一日が楽しいかどうかということをバロメーターにして人生を送ってきました。ですから、「何年後に絶対こうでなければ」という目標は特にありませんし、「これから何年、何十年の間、国連にいてやろう」とも思いません。ただ、私は民間企業やビジネススクールにいたこともありますので、時折ヘッドハンターから連絡が来ることがあるのですが、ヘッドハンターに「国連はいつ辞めるんですか」と聞かれると、「辞める予定はありません」という言葉が自然に出てきます。

国連の活動をどうやって売っていくか、ということについてはいろいろな方法があります。日本政府ともうまくパートナーシップをつくって、日本に国連機関があってよかった、と思っていただけるようなことをやっていきたいと思っています。

これまでビジネス書は山のように読んできましたが、お恥ずかしながら国連関係のことはほとんど知りませんでした。ですから今は必死に勉強していますし、国連で勉強したいことはまだまだたくさんあります。また、私が営業の仕事を通じて学んだことが、今の広報の仕事でとても役に立っています。ですから、これまでに培ってきたものが少しでも活かせるのであれば、今後は違うことをやってみたいとも思っています。

Q.グローバルイシューに取り組むことを考えている若者への一言をお願いします。

私は、その日一日を楽しく過ごすことができれば絶対に次の日につながる、と思っています。これは私自身が経験してきていることです。ですから、若い皆さんも焦ったり気負ったりする必要はないのではないでしょうか。もちろん、目標を持つことはとてもいいことですが、毎日の積み重ねがなければ次に進むこともできませんし、あまり大きな目標を持ちすぎて今がおざなりになってしまってはいけないと思います。毎日楽しいことばかりではありませんが、いろんなことをやっていく姿勢が必ず次につながります。

そして、大事なのはやはり人間力だと思います。これも営業の経験を通じて学んだことですが、「この人ともう一度会いたい、もう一度仕事をしたい」と思ってもらえるかどうかということです。私は、営業をしているときは、相手がどんな人であっても、その人に恋をした気持ちになって仕事をしていました。「この人のためにつくしたい」という気持ちになることができれば、ハードな仕事も頑張れます。その純粋な気持ちが付加価値を生み出し、プロフェッショナルとしてのサービスを提供することにつながるのだと思います。

これは前の会社の社長から学んだことですが、人に何か差しあげるときは、満足度が10だとすると、15もあげる必要はないんですね。11でいいんです。ただ、9ではだめです。少しでも足りないと不満が残るからです。10だと、当然だと思われて終わりです。11であれば、「こんなこともやってくれたのね」と喜んでもらえます。でも15までいってしまうと、「そんなことは頼んでいないのに」となってしまいます。たとえば新聞記者の方に接するのであれば、その方の今の担当分野に直接関係していなくても、以前携わっていてまだ興味を持っていそうな分野の情報をさりげなく伝える。そういうことが、10の満足度を11に上げるための1の部分にあたるのかなと思っているんです。普段のやりとりにちょっとしたプラスアルファをのせる気持ちを持つことが大事なのは、家族や友達とのおつきあいでも仕事でも同じだと思います。

(2008年1月11日、聞き手:大槻佑子、ヴァージニア大学政治学部博士課程。幹事会開発フォーラムとのネットワーク担当。写真:田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当。幹事会コーディネーター)


 

2008年2月18日掲載

 


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