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岩尾 總一郎さん
世界保健機関(WHO)健康開発総合研究センター(WHO神戸センター:WKC)所長

Q. アカデミックな世界にまず入られていますね。
岩尾 總一郎(いわお そういちろう):世界保健機関(WHO)健康開発総合研究センター所長。東京都生まれ。慶應義塾大学医学部卒業後、同大学にて医学博士号取得。テキサス大学留学。産業医科大学助教授を経て1985年厚生省入省。エイズ結核感染症課長をはじめ6つの課長及び医政局長を歴任。2006年1月より現職。

私は医学部を卒業し医者となったわけですが、専門分野としては公衆衛生学を選びました。公衆衛生学は医学の中でも臨床とはたいへん異なっている分野です。中国には「下医は病を治し、中医は人を治し、上医は国を治す」という格言があります。ランクの表現は別として、病気そのものを治すような医者、病気を抱えているその人を診る医者がいるように、人々が生活している国を治す、そういった医者がいてもよいのではないかと思った、それが公衆衛生学を選んだ理由です。そこで、いわゆる臨床家ではなく、大学助教授として教鞭をとり研究活動に従事していました。

Q. 厚生労働省ではどのようなお仕事をされていたのですか。

厚生労働省の中でのめぐり合わせなどもあり、実は6つの課長を歴任しました。予防接種やその副作用などの補償や、エイズや結核などの感染症問題においては感染症予防の法律もつくりました。また、栄養や生活習慣病などの非感染症や保健政策などたくさんの分野と課題に取り組みました。それらそれぞれがとてもやりがいがあり、1つを懸命に取り組んでは、また次に魅力ある仕事がでてくるという繰り返しでした。その結果、結局20年も厚生労働省に勤務しました。また、最後は医政局で局長として、日本の医療政策を管理運営する責務を担いました。

Q. その後WHOで勤務なさることになった経緯を教えてください。

厚生労働省に入省した理由と切り離せません。大学教員であれば、医学部には1学年100名くらいですので全学年で多くても600名程の教育を担うことになります。臨床医とすれば、1日あたりに診る患者は約20-30名が平均でしょう。しかし、例えば日本において法律を1つつくれば、約1億2千万人を支えることができると思っていました。そして1人でもより大勢の人々を対象にして働きたいとなると、日本という枠を超えて60億もの世界人口を対象にしたほうが自分のやりたいことができるのではないかと思うようになりました。

このように、大学で教鞭をとりつつも、いつか世界へ行きたいと考えていた30年前、幸運にもWHOの試験を外務省で受けることになりました。その試験の際に、旧厚生省(以下:厚生労働省)の方とお会いする機会がありました。私はWHOに行く気でいたのですが、そのことを話すと「WHOを研究所だと思ったら失望するでしょう」と言われたんですね。どういうことかというと、私の中毒学や母子保健や地域保健に関する知識、そして大学で養った研究能力や肩書きでやっていけると思っていたのですが、世界中の公衆衛生の問題にどう取り組むのかということを決めるような専門的な国際会議や各国の代表が集って議論する場では、専門的な知識があることは前提として、それだけではなく他にも必要な能力がたくさんあるということを教えられたのです。

例えば、数が限られているマラリアの蚊帳を供給する場合、一定のルールを作って多くの対象国に納得してもらう必要があります。また、鳥インフルエンザやSARSの場合だと、病原菌のサンプルの提供を拒否する国もありますから、そういう国を説き伏せるところでのたいへん高度な事務能力・交渉力が求められるんですね。それができるようになるために、まずは厚生労働省という行政の中に身を置いて、交渉力を磨き、勉強してからWHOに行くのもいいのではないかと思い直し、厚生労働省に入省することにしたのです。それで2年間は行政で頑張ってWHOに行こうと考えていましたが、気づいたら20年も経っていました。局長の職務を終えて次を考えた時に、「なぜそもそも厚生労働省に入ったのか、そうだ、私はWHOにいきたかったんだ」と思い出したのです(笑)。そこでその可能性を探していたところ、このWHO神戸センターの所長ポストが空席だと知って応募し、ジュネーブで面接を受け着任することになったわけです。

Q. WHO神戸センターのお仕事について教えてください。

WHOは各国の厚労省が集まっている組織のようなものですから、新しいデータを必要とするときには、WHOが直接研究するのではなく、WHOの協力機関にその研究の実行と結果の提供を求めています。その協力機関はWHOコラボレーティングセンターといい、世界に合計3000以上の大学や研究所がその指定を受けています。しかし、例外的に2つだけWHO本部直轄の研究機関を持っています。1つはフランスのリヨンにある国際がん研究センターで、そしてもう1つがここのWHO神戸センターです。WHO神戸センターは、英語でWHO Center for Health Developmentといいます。人々の健康をつくっていく上で社会や行政はどういう政策を実行すべきかを研究しています。実験や試験管を振っての理科的な研究ではなく、もっぱら社会科学的な視点で研究を行う機関として位置付けられています。

たばこを一つの例としてお話しましょう。社会や行政は、人々の健康面への悪影響があることに対しては、それを防ぐようにしていかなくてはなりません。つまりそのような悪影響をつくり出す社会のシステムを変えていかなければならない。例えば、たばこの自動販売機の削減や税金負担増加などによって手に入りにくくするのも方法の一つです。しかし一方で、そもそもたばこは嗜好の問題であり喫煙は権利であるなどと主張する人もいるし、規制を強めることでたばこ農家の生活はどうなるのかといった声もあります。われわれのように保健にかかわる者は、そのような両面を勘案しながらしっかりとした対策を進めていかなくてはならない。このことはマラリアでもエイズでも同じだと思います。

そういう一連の考え方の中で、WHO神戸センターは、Healthy Urbanization「健康都市化」に焦点を絞った研究を行っています。例えば、スラムに住む人々の健康問題、都市居住者の高齢化やそれにまつわる身体的疾患やメンタルヘルスの問題、そしてそうした問題をつくりだす社会システムの変革提言などがあげられます。これらの問題を発見しどう解決していくのかを学際的に研究し、それを各国行政の政策立案に役立てることがWHO神戸センターの役割です。

個人的な話になりますが、私は1978年にヒューストンにあるテキサス大学の大学院に留学していて、人類生態学講座の中の「都市の衛生学」を専攻していました。これから都市に生活する人が増えてくるのではないか、また都市に生活することのメリット・デメリットをある程度健康面からも言えるのではないと思っていたんですね。これはWHO神戸センターの目的とたいへん合致していますし、ここで所長として指揮を執ることはとてもチャレンジングなことだと感じています。

Q. WHOに着任されて1年9か月の間での成果はありますか?

来年にも神戸市では禁煙条例が施行されます。これには2年ほどかかりましたが、1つの成果として貢献できたのではないでしょうか。東京では歩きたばこは少なくなったと思いますが、関西ではまだまだ多い気がしています。皮肉な話なのですが、本部のあるスイス・ジュネーブの国鉄コルナバン駅では、たばこが吸いたい放題なんですね。WHO本部があるのにそれはどうかと。また、2005年12月1日、くしくも私の就任が決定した日ですが、WHOは喫煙者を一切雇用しないという人事規則を施行しました。しかし、その前に雇用されて喫煙している人は当てはまりません。これもへんだなと思っています。

Q. WHOで働く上で苦労した点は?

私は厚生労働省が長かったものですからどうしても日本の官僚制度と比べてしまうのですが、今日本の官僚に対するバッシングはかなりなものがありますが、日本の官僚の優秀さをつくづく感じます。労働に対する考え方や価値観の違いかもしれません。一般的に言って、国際機関で働く人々は個人の権利意識が強く、仕事が終わらないときは翌日に回す人が多いという印象があります。サービス残業とかそういう意識はあまりないですね。だからどうしても仕事の進度が遅くなってしまう。残業すればいいというわけではないのですが、仕事に対する忠誠であるとか義務感はまったく違います。WHOにおいても、皆様の職場でもそうだろうと思いますが、職員の出自、お国柄によって取り組む姿勢に差があると思います。日本の職員は極めて優秀だと思います。そしてぎりぎりまで頑張ってくれます。また、国籍の異なる職員に仕事を指示するとき、どう正確にこちらの意向を伝えるのかという難しさは常に感じています。

Q. グローバルイシューに関心がある若者に対して、メッセージをお願いします。

どのような仕事でもそうだと思いますが、仕事をするためには、まずは自我が確立していなければならないと思います。国際機関にまず行きたいというのではなく、自分が何をしたいのか、何ができるのかをしっかりと考えて欲しいと思います。例えば、われわれはまず人々の健康をよりよくしようという目的があります。そしてそれを達成するために自分はどうしたいのか、どういうアプローチで行いたいのか、そういう考え方が必要です。

その結果、働きたい場所が国際機関であればぜひがんばってほしいと思います。さらに、自分の専門性をしっかり磨くこと、そしてその専門性を活かすためにも、またどう活かすかを考えるためにも興味のある機関にインターンなどをして見識を広げることはとても重要で有意義だと思います。加えて、学部でも院生時代でもボランティアでも何でもいいと思いますが、着実に国際経験を積んでもらいたいと思います。職員の採用に当たっては透明性が重視されています。数ある履歴書の中から採用者の目に留まる経験を積むことが大切でしょう。それから実際の話として国際機関において学位は非常に重んじられますが、それと同時に専門性と事務能力とのバランスがとても大事です。アカデミックな経験とともに、そういう経験もしっかり積んでもらいたいと思います。

(2007年9月18日。聞き手:堤敦朗、元WHO災害精神保健技術専門官。写真:田瀬和夫、国連事務局で人間の安全保障を担当。幹事会コーディネーター)

2007年10月29日掲載

 


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