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開発と環境の統合目標策定を
−ポスト2015年開発アジェンダにおける持続可能な開発目標(SDG)の意義−

 

東京工業大学 大学院社会理工学研究科 准教授
蟹江 憲史さん


略歴:蟹江 憲史(かにえ のりちか)さん
東京工業大学大学院社会理工学研究科准教授、国連大学高等研究シニアリサーチフェロー。北九州市立大学助教授を経て現職。OECD気候変動・投資・開発作業部会議長、World Economic Forum World Economic Forum Global Agenda Council委員、Earth System Governance プロジェクト科学諮問委員などを兼任、欧州委員会Marie Curie Incoming International Fellow及びパリ政治学院客員教授(2009-2010)などを歴任。専門は国際関係論、地球環境政治。特に、気候変動やアジアにおける越境大気汚染に関する国際制度研究に重点を置き、2013年度からは環境省環境研究総合推進費戦略研究プロジェクトS-11(持続可能な開発目標とガバナンスに関する研究プロジェクト)プロジェクトリーダー。近著にN. Kanie, P. M. Haas, S. Andresen, 他, “Green Pluralism: Lessons for Improved Environmental Governance in the 21st Century” Environment: Science and Policy for Sustainable Development, Volume 55, Issue 5, 2013, pp.14-30、Norichika Kanie, Michele M. Betsill, Ruben Zondervan, Frank Biermann and Oran R. Young, 2012, "A Charter Moment: Restructuring Governance for Sustainability", Public and Administration and Development, 32, PP. 292-304など多数。

1. はじめに−MDGsとSDGsの乖離−
2.開発を持続するための目標づくりの障害
3.ポスト2015時代の「持続可能な開発」のための統合目標
4.統合目標としてのSDGs実現へ向けたトランスディシプリナリー研究の重要性
参考文献


1.はじめに−MDGsとSDGsの乖離−

ポスト2015年開発アジェンダ論議には2つの流れがある。一つはミレニアム開発目標(MDGs)で積み残した課題を扱ういわゆる「ポストMDGs」の流れであり、議論は開発コミュニティを中心に行われている。「ポスト2015年」という呼び方からもわかるように、この議論はそもそも2015年のMDGsの終了に端を発していることから、これがいわば「主流」の論議である。一方、もう一つの流れは、持続可能な開発目標(SDGs: Sustainable Development Goals)をめぐる論議で、92年の地球サミット、2002年のヨハネスブルグサミット、そして2012年のリオ+20といった、「持続可能な開発」をめぐる国際論議の流れを受けている。こちらは環境コミュニティを中心に議論されてきており、発展途上国の開発問題を扱うMDGs論議の文脈では、環境は「遅れてきた課題」となる。

それが故に、ポスト2015年開発アジェンダを扱う際には、とかくMDGsのみが語られがちであり、SDGsへの言及は極めて希薄である。MDGsを扱う側から見れば、これまで自分たちが進めてきた領域に、新たな課題と言いながら他の領域からの侵略があるように映る向きもあるだろう。

2.開発を持続するための目標づくりの障害

MDGsとSDGsの乖離の大きな要因の一つは、コミュニティの違いに起因する認識不足である。開発コミュニティは、環境問題は基本的に長期的課題であり、貧困をはじめとする社会経済的課題こそが喫緊の課題であると考える。つまり、まずは開発に関係する問題を優先的に解決すべきだと考え、SDGsはその後に来る課題だと考える。一方環境コミュニティもまた、開発や貧困に関する課題に精通している者は極めて少なく、悪化する一方の環境問題を解決するためのアクションの緊急性を主張する。貧困問題の重要性を否定するものではないものの、環境対策こそが重要だと考える。

要するに、両者ともにそれぞれの専門領域を出ない形で人的・組織的レベルでのネットワークが構築されており、その中での閉じた議論を進めているわけである。それは、省庁における行政区分にも表れている。例えば外務省内でポストMDGsを扱う課とSDGsを扱う課とは別れており、現在までのところを見る限り、その有機的連携は取られていない。

国際的にも、未だポストMDGsとSDGsとの統合がどのようになされるのか、そのプロセスは確定していない。しかしながら、プロセスは確定しないまま、SDGsがポスト2015年開発アジェンダに統合されることは、政治的にリオ+20にてすでに合意されている。いかにして両者を統合していくのか、課題はそこにある。

本質的には、両者の統合をなくしてはもはや開発自体があり得ないことは、すでに多くの研究でも示されているところである。すなわち、環境や資源の持続的利用といった事を含む健全な地球システムの保全は、人間開発や社会経済の発展のための基本的な前提条件である。そこまでは、誰もが認めるところであろう。しかし、以前は資源も環境も人間活動よりも豊富にあったため、地球の能力という前提条件を意識せずとも開発は可能であった。ところが先進国の開発に加え、新興国も発展、さらに途上国も経済発展を重ねる中で、21世紀に入り、資源や環境が悲鳴を上げてきていることが明らかとなってきた。石油、石炭といった化石燃料を多大に使用してきたツケとしての気候変動や、森林の破壊などに代表される生物多様性の損失などは、いずれも人間の経済活動と大きく関連している。そしてこうした資源環境問題が、翻って人類の生活や社会のあり方に影響を及ぼし、今後世界人口が増加し、経済発展も見込まれる中で、このままの開発・成長パターンを続けた場合、さらに地球を圧迫する程度が増してくることがわかってきた。つまり、2000年にMDGsが設定されたころの人類をめぐる状況と現在とでは、大きく状況が異なっているのである。今や、環境や資源の健全な利活用という前提条件も考え合わさなければ、開発を進めることは出来ない時代に入っている。

3.ポスト2015時代の「持続可能な開発」のための統合目標

こうしたことを考えれば、そもそも「持続可能な開発目標」を考えるうえでの「持続可能な開発」の考え方自体を変えなければならないことがわかる。「持続可能な開発」は、これまで経済、社会、環境の3つの柱で構成されていると考えられてきた。しかし実際には、経済、社会、環境の持続性は重層的に重なり合う状態になっており、環境の持続性は全ての持続性の前提条件になっている。このことを勘案すれば、SDGs時代の「持続可能な開発」は、「現在及び将来の世代の人類の繁栄が依存している地球の生命維持システムを保護しつつ、現在の世代の欲求を満足させるような開発」と修正されるべきであろう(Griggs et al. 2013)[1]

SDGs時代の持続可能な開発の概念図

SDGs時代の持続可能な開発の概念図(Griggs et al. 2013[1]より)

これを実現するためには、開発目標を真に地球システムの保全に関する目標と統合すべきである。

開発目標の中には、貧困削減・撲滅といったように、確かにそれにより資源の利用が増えるとしても、それ自体により必ずしも直接的に地球環境の悪化への因果関係があるとは限らないものもある。そうした問題は、先進国の成長パターンを変えることでも対応可能だからである。そうした目標は、それはそれとしてポスト2015年開発アジェンダにも「ポストMDGs」の要素として維持する必要はある。一方、地球システムの保全に関する目標に関しても、すでにいくつかの目標は環境条約の中で合意されている。例えば気候変動に関しては、全球平均気温上昇を産業革命前と比べて2℃以内に抑えるといった政治目標が、すでに気候変動枠組条約の議論の文脈で合意されている。そういった目標を再びポスト2015年開発アジェンダで繰り返す必要もなかろう。

ここで「統合目標」として重要になるのは、両者の中間領域である。

例えば、エネルギー利用の増加は、発展途上国の人々の経済開発には欠かせない。その際、途上国の人々は、よりコストの安い石炭や石油といったエネルギー源にアクセスするのが容易であろう。このことは少なくとも二つの方向で、現在のシステム変革を必要とする。一つは、ならば、より経済的に豊かな先進国において、化石燃料に頼らない、すなわち気候変動を誘引しないようなエネルギー源を使用する、という形での変革である。そのためには、再生可能エネルギーの使用量を先進国で上げる必要がある。そうすることで、途上国のエネルギーアクセスをしやすくするとともに、気候変動対策にもなっていく。もう一つは、発展途上国自体の開発でも、再生可能エネルギーをより活用し、エネルギー効率の良い開発を行う、という形での変革である。そこには追加的コストがかかるが、開発援助などはそのために使用する。そしてこうした形で再生可能エネルギー市場が広がれば、コストも次第に安くなっていく、というわけである。

開発と環境とを統合したSDGsは、こうした行動変革を促すべく設定されるべきであろう。すなわちそれは、発展途上国や開発援助のみを対象とするのではなく、先進国も含めた世界全体を対象として設定されるべきものである。

SDGsは数を限定してわかりやすくすることが肝要であることから、こうした統合領域の中でも、その領域に手を付ければ他の領域の変革も促しうる、という重点課題を見つけ出すことが重要である。このような着眼点から、我々の研究グループは今年3月、下記の6つの試験的SDGsの例を示した(Griggs et al. 2013)[1]

@ 生命及び生活の繁栄
A 持続可能な食糧安全保障
B 持続可能な水安全保障
C クリーンエネルギーの普及
D 健全かつ生産的な生態系
E 持続可能な社会のためのガバナンス

4.統合目標としてのSDGs実現へ向けたトランスディシプリナリー研究の重要性

もちろん、これら6つの目標が、世界を持続可能な開発へと包括的に導くことが出来るというわけではない。例えば、今後は科学的な検討を踏まえた目標の設定と同様に重要となってくるのは、それを目標として実現し、実施し、実行し、評価し、そうすることで人々の行動パターンを変える、そのために地に足の着いた目標を作ることであり、その目標作りに貢献できるような研究を行うことである。そのためには、目標を検討する研究の方法自体も、もう一段階「殻」を破る必要がある。すなわち、学問領域(ディシプリン)を超えたインターディシプリナリー(学際)研究の前提に立ちながら、さらにステークホルダーとの協働で新たな学術的・実務的展開を図るトランスディシプリナリーのアプローチである(蟹江 2013年)[2]

世界ではその動きは既に始まっており、フューチャー・アースというグローバルレベルの研究の優先順位の設定やコーディネーション等を行うための体制の再編の動きが始まっている。SDGsのプロセスでも、国連のSDGに関するオープン・ワーキンググループと研究者が集う国際学術団体が共同で、エキスパートグループを設立した。

国内では、今年度から、環境省の戦略研究プロジェクトとして、SDGs検討プロジェクトがスタートし、私がプロジェクトリーダーを務めている。トランスディシプリナリー研究で、SDGsのあり方を日本を中心とした研究グループから提言するのがその目的である(http://www.post2015.jp/)[3]

こうした統合領域の検討を今後重ねていくことが、真に持続可能な世界へ向けて重要になると考える。それでも、開発と環境のコミュニティとの間にはまだまだギャップがある。こうしたギャップを埋める作業こそ、ポスト2015年開発目標の真の課題と言えよう。

SDGs時代の持続可能な開発の概念図
持続可能な開発目標(SDGs)の例(Griggs et al. 2013[1]より)


参考文献

  1. Griggs, David, Mark Stafford-Smith, Owen Gaffney, Johan Rockstrom, Marcus C. Ohman, PriyaShyamsundar, Will Steffen, Gisbert Glaser, Norichika Kanie, and Ian Noble.(2013) Sustainable development goals for people and planet,Nature, 495: 305-307
  2. 蟹江憲史「持続可能な開発目標とフューチャー・アース―トランスディシプリナリーな研究の試金石―」季刊『環境研究』2013年7月 No.170, pp.14-21
  3. POST2015 みんなが活きる地球に変える
     http://www.post2015.jp/



2013年10月7日掲載
担当:菅野文美、小谷瑠以
ウェブ掲載:藤田綾

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