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第13回 草苅康子さん
UNDPガーナ事務所 プログラム・オフィサー




略歴: くさかりやすこ 山形県村山市出身。亜細亜大学国際関係学部卒業、米国コーネル大学大学院国際開発修士号取得。大学卒業後、政府系調査機関調査研究員(東南アジア諸国)、青年海外協力隊村落開発普及員(マラウイ)、政府開発援助機関調査研究員、開発コンサルタント、JICA専門家(エリトリア)等を経て、2004年度JPO試験に合格し2006年より現職。大学院在学中にはUNDPカメルーン事務所にてインターンとして勤務。専門分野は農村開発、生活改善、持続可能な生計、キャパシティ開発等。


I. はじめに ―UNDPガーナ事務所への赴任―

北緯5度と赤道に程近いガーナの首都アクラへ赴任したのは2006年1月。現在UNDPガーナ事務所でプログラム・オフィサーとして、主に「持続可能な生計(Sustainable Livelihoods)」分野の業務に従事しています。具体的な内容は後述しますが、ひとことで言うと、北部ガーナにおける住民主体の総合的農村開発事業の立案と実施に向けた支援業務が中心です。アクラから車で10時間以上、もしくは2日かけて北上したところにあるコミュニティの人々が望む開発を自分達で進めていくための支援を提供すべく、州および郡レベルの地方政府機関や、市民社会組織、他の国連機関等々との協力を進めています。

ところで、私がガーナへ赴任した2006年1月というのは、ガーナにおける第3次国連開発支援枠組み(UNDAF)2006-2010の初年度の年頭でした。UNDAFは国連機関の開発支援の方向性を定めるフレームワークとして世界的に導入されており、共通の目標に向けて各国連機関の強みを活かした計画策定を進めると同時に、支援の重複とそれによって生じるであろう非効率性を防いで成果を高めるべく、当該国政府と国連諸機関による緊密な協議の上で策定されています。私の赴任時は、その新サイクルへ移行した直後のUNDAFの下、プログラム・レベルの立案がまさに動き出そうとしていた時期にあたり、最初の立案段階から関係者との協議に加わることができるという、絶妙のタイミングでスタートを切ることになりました。

II. UNDAFにおける"持続可能な生計"

UNDAFの大枠と目指すべき6つの成果(Outcomes)等はすでに策定されていましたが、赴任直後にそれらに目を通していて、ふと、ひとつの成果から目が離せなくなりました。それが、「持続可能な生計(Sustainable Livelihoods: SL)」。

このコンセプトは、収入レベルだけで測ろうとする「貧困」の一面的な定義・アプローチへの反省から、その代替アプローチとして1990年代初頭に登場したもので、当事者である人々の意思決定や実施主導のプロセスを尊重し、コミュニティの現状の多面性を鑑み、持続可能性やマクロとミクロのつながりを重視しながら、それぞれのコミュニティが持つポテンシャルを最大限に引き出して生計を向上させていこうというものです。

"Livelihoods"と言うと、「生活の糧=収入」として解釈されることも少なくありませんが、SLの場合はむしろ包括的なフレームワークを提供する概念であり、既存の社会・経済・自然・人的・物的「生計資産」や、生計の基盤を脅かし得る「脆弱性」、そしてアクセス・参加の度合いが生計に正負の影響を与える「政策・組織・プロセス」を考慮に入れながら、当事者が自ら生計戦略を練り実施していくための支援を促すことが意図されています。

実は、SLはこれまでの業務や研究でも専門分野のひとつとして追ってきたテーマで、その可能性には注目し続けていました。一時期UNDP内でも本部や各国事務所レベルでSLに力を入れていたようですが、数年前からその影を薄め、SLという概念自体がUNDPのターミノロジーから姿を消したと思っていたので、自分が赴任した国の新たな支援枠組みの中でこれから意欲的に推進していこうとしている、ということは嬉しい偶然でした。



III. 現場回帰と政策レベル支援のバランス

UNDPにおける業務と言えば、政策レベルの支援が中心で、コミュニティ・レベルの取り組みからは程遠い、というイメージがあるかもしれません。確かにUNDPにおける全体的な潮流としては、プロジェクトからプログラムへの移行が進んでいますし、中央省庁との協議・協力はプログラム全体の中でも大きな割合を占めています。そのような中、UNDPガーナ事務所ではUNDAFの前サイクル終了時に、「果たしてガーナで一番支援を必要としている人々に支援は行き届いていたか」、「ミレニアム開発目標(MDGs)をはじめ本当に人々の生活改善を促すための目標に向けて具体的な成果を出してきたのか」といった議論がなされた結果、コミュニティ・レベルにおける支援をより強化し、そこから得られる教訓に基づいた、確固とした政策レベルの支援を行うことが重要であるという結論に至った、という経緯を聞かされました。これはとても健全な方向性だと思いますし、このような姿勢が長期的・包括的な農村開発を促進すると考えていましたので、上記のような認識を持っている事務所で2年間働くことができるというのは幸運だったと思います。

このように、赴任時期、そして重点分野や活動レベルにおける方向性の合致という好条件がそろった上に、上司・同僚にも恵まれ、温かい理解と協力を得ながら仕事に取り組んでいます。

IV. なぜ北部ガーナ?

さて、冒頭で「北部ガーナの案件に携わっている」と書きましたが、UNDPガーナ事務所が北部でコミュニティ・レベルの生計向上に向けた支援を展開するのは、このSLプロジェクトが第一号なのだそうです。これは、ガーナにおける国連システムと政府の双方で、国内の格差(特に北部の周縁化)への懸念が高まり、北部への支援を拡大するという合意に基づいて提案されたものであり、北部支援の必要性については、国別共通アセスメント(CCA)でも随所で触れられています。

南部は一般的に降雨量が多く、土壌も肥沃で、カカオのような換金作物を含めた農業生産性・収益性が比較的高いのに対し、北部は降雨量が南部の半分にも満たず、もともと痩せている土地の劣化・荒廃も進んでおり、北部人口の約8割が従事する農業は低迷しています。保健分野では、栄養失調、妊産婦死亡率、乳幼児死亡率等の高さ(例えばアッパー・ウェスト州では5歳未満児死亡率は出生1000人あたり208)からその緊急性がうかがわれますし、寿命、教育、生活水準等から算出する人間貧困指数(HPI)も北部3州の状況の厳しさを物語っています。

これらの状態に拍車をかけているのが、時折勃発する抗争・衝突です。「え?ガーナって平和でしょ?」と驚かれた方もいるかもしれませんね。実は、北部ガーナでは断続的に紛争の火種がくすぶっており、時には武器を用いた衝突により死者がでることもあります。その原因は、民族グループ間の抗争、酋長位継承問題、土地問題等々多岐に渡っており、一概にくくって語ることはできません。しかも、失業中もしくは農閑期に時間とエネルギーを持て余した若者たちが、ちょっとしたきっかけでこれらの抗争に加勢することは頻繁に見られるようで、「貧困」と「紛争」の連関性の一端を認識させられます。さらに、北部ガーナを含めガーナ国内各地では武器が不法に製造されており、それらが簡単に且つ安価で取り引きされています。これは北部ガーナの紛争に油を注ぐことになると懸念されていますし、他の西アフリカ諸国への流出は地域的な安定を阻む一要因になるため、緊急の対応が必要とされています。

これまで大きな政治基盤が南部に集中してきたことも南北の格差拡大に加担してきたと言われていますが、前述のように、政府の中でも北部開発に向けて力を注ごうという気運が高まりつつあります。また、実際に北部ガーナに関わり始めて、上記のような諸々の課題を認識すると同時に、北部ガーナが秘めた大きな可能性も徐々に見えてきました。まず、北部ガーナではコミュニティの結束や相互扶助を大切にする地域が多く、開発にもプラスに働くであろう社会関係資本が豊かであること、国際市場でも注目され始めているシアバターの原料となるシアの実のような自然資源が豊富にあること等は、北部ガーナの発展を支えていくであろう潜在的な資源の代表格と言えます。そして、おそらくコミュニティにいる当人たちはもっと様々な潜在性を認識していることでしょう。



V. 具体的な業務内容

北部ガーナの農村開発案件に携わっているとは言え、普段の出勤は首都アクラにあるUNDPガーナ事務所。SLプロジェクト関連業務のほか、SL以外の新規案件形成のファシリテーション、農村開発関連の会合やフォーラム立ち上げ準備への参加、モニタリング評価フォーカルポイントとしての業務等、アクラを拠点に業務へ従事する時間のほうが長いのですが、時折北部の現場へ足を運んでは、進捗をモニタリングしたり今後の展望を議論したりしています。実際にSLに向けた活動を現場で支えているのは、実施パートナーである市民社会組織(Africa 2000 Network)とプロジェクト実施のために募集したナショナル国連ボランティア、そしてガーナ政府の地方行政機構や各種省庁の地方事務所の人々です。つまり、コミュニティ・レベルの日々の動向に関与するのは常にガーナの実務者たちであり、UNDPのプログラム・オフィサーの役割は、現場から一歩離れたところでのマネジメントが中心になります。

具体的には、目標達成のために適切な活動が計画され、スケジュール通りに実施されているか、適切な予算が組まれ、有効に且つ計画通り執行されているか、そしてそれらが意図した成果につながっているか、注意深くモニタリングしながらプロジェクト・マネジメントを行います。これに付随して、プロジェクトの方向性の考察・概念化から、財務・調達にかかる申請の審査・データ入力・フォローアップまで、一連の作業に携わっています。

その中でももちろん、実施パートナーである組織の担当者らとは密に連絡を取り合いながら、彼らの実施主体性をできるだけ尊重して進めるようにしています。UNDPのプログラムは、各国のキャパシティの向上に資することを目的としていますが、このようなプロセスを通して、実施パートナーや関係諸機関のキャパシティが高まり、長期的な開発を実施していく素地が固まっていくと考えています。そして、さらなる成果拡大やシナジー効果創出のために、様々なパートナーと連携することを優先事項のひとつと考え、他組織との協議も積極的に進めています。

VI. UNDPの強み

コミュニティ・レベルの生計向上を支援する機関はどの機関であれ、それぞれの強みと弱みがあると思います。この1年間、実際にプロジェクト実施に携わってUNDPは以下のような潜在的可能性を持っていると実感しました。もちろん、これらが常に十分機能しているというわけではありませんが、組織が持つ比較優位という観点から3点ほど列挙してみます。

政策と現場のリンケージ
まず、マクロとミクロの双方に働きかけることで、ひとつの取り組みを「点」で終わらせない方向性や環境をつくることが比較的容易な位置付けにあることが挙げられます。現場での成果を作ることにも力を注ぎつつ、その経験を総括して政策レベルへフィードバックするということ、特定のコミュニティでの経験から他のコミュニティでも応用可能な教訓を抽出・共有・活用・発信していくことが求められる機関でもあるでしょう。

アプローチの柔軟性
UNDPでは、政府の方針やUNDAFの大枠に基づいてプログラム・プロジェクトを策定・実施していきますが、個々の案件で取り組んでいくセクターやアプローチについて、「これでやるべし」という特定の凝り固まったものがあるわけではありません。対象分野が幅広い上に、戦略についても実施パートナーとともに各国の文脈に合わせて柔軟に考えながら進めていくのが基本であり、アプローチの選択における自由度は高いと考えます。

中立性
UNDPの実施パートナーは、中央・地方政府機関、市民社会組織、学術研究機関、民間企業と多様です。そして、様々なアクターが登場する案件において、UNDPは中立性の高いコーディネーター的役割も期待されており、国連システムの中でもその役割を担う場面が多々あります。組織として完全な中立性を維持することは困難ですが、様々な開発支援の調和化を進める中で、UNDPがコーディネーターとして果たすべき役割は今後さらに重要になっていくものと思います。

VII. チャレンジとその対応

フィールド・レベルでの国連機関間の調整

たった今、コーディネーター的役割をUNDPの強みとして記したばかりですが、これは同時に現場レベルでは大きなチャレンジでもあります。

国連機関間の調整は、国連改革において重要な柱であり、うまくいけば大きなシナジー効果を生み出す可能性大!ではありますが、時に美辞麗句を並べた建前論の枠から出られず、実際にはなかなか前進できない諸要因に出くわすこともあります。それらが、各組織の「文化」の違いだったり、使命や方向性の違いから生じる戦略の差異であったり、統一化されていない業務手続きだったりと、組織レベルの仕組み・体質に起因することが多々目に付きます。しかし、個人レベルの要因が作用することも少なからずあり、特に関与・参加の度合いや認識の違いは立案・実施のプロセスの進捗に大きな影響を及ぼします。つまり、組織間の調整とは言え、基本はそこに関わる「人」。組織の幹部のスピーチや公文書の中で、いかに国連の調和化と調整が大事で美しいことかと謳われている一方で、水面下ではその調整に四苦八苦していることもめずらしくはありません。しかし、背景や価値観の異なる人たちが集まり意見を交わしていく中で一筋の合意された方向性が見えてきた時や、関心ややる気を共有して進めていこうという人が徐々に増えてきた時、大きな課題に向けてちょっとずつ前進していることを実感できます。

もちろん、国連調整は、国連諸機関の間で合意が取れたらよいのではなく、主体者である当該国の政府・組織の意向にどれだけ沿った方向性になっているかが重要なのは言うまでもないでしょう。多様なアクターがそれぞれの思惑を持って挑む話し合いの調整において最も重要なのは、根気なのかもしれません。

当事者の視点・外部者の視点 −自分だったら?−
国連に限ったことではありませんが、農村開発に外部者(すなわちその村の住民ではない者)として携わる中で、どれだけ当事者(すなわち村で生計を営む人々)の視点を尊重した支援ができているだろうかと考えていると、しばしばジレンマを感じる点があります。

第一点目は、青写真型の立案から参加型立案への移行、もしくはそれらのバランスの取り方です。完全に外部者が描く計画も押し付けの「参加型」開発も機能しないことは想像に難くありませんが、逆に、完全にすべてのプロセスを当事者が担うのであれば、そもそも開発援助は不要です。開発のチャレンジを抱える地域において、そこに主体性がどれだけあるのか見極め、いかに内発的なプロセスをサポートするのか。当事者に主導権を明け渡すということは、今や開発の教科書的共通認識になりつつありますが、それを実際のプログラムの中でどれだけ実現させられるのか。これらは、「外部者」の視点や姿勢の転換と、業務手続上のちょっとした改革・工夫にかかっているのではないかと考えています。

第二点目は、負の側面を強調し過ぎることへのセンシティビティをどれだけ持てるかということです。例えば「貧困削減」はUNDPの重点活動分野のひとつであり、「貧困」はコトバとして重点分野として、日々の業務の中で触れることの多い概念です。そして現場の現状を学ぶにつれて、その貧困削減の重要性をより強く認識していくことも確かです。しかし同時に、「貧困」というコトバを当事者とのやりとりで頻繁に使用することは、自信の喪失にもつながりかねないという危険性を常に認識しておく必要があります。

これら二点(「外部者関与と主体性のバランス」や「負の側面の過度な強調」)のインパクトは、自分に置き換えるとより分かりやすく実感できるかもしれません。例えば、ある日突然ヨソ者がやってきて、「あなたは貧乏で無力で問題も山積していますが、我々の分析によるとそれらの問題の中でもコレが一番深刻です、こういうアプローチで助けてあげることにしました、だからこの活動に参加しなさい」と言われたら、どう感じるだろうか。私だったらきっと反感を覚えるんじゃないかな。余計なお世話だ、と怒りすら覚えるかもしれない。自分なりに何かを進めようとしているところへ、頭ごなしに「○○しなさい」と言われて、逆にやる気が失せるような感覚とでも言うのでしょうか。私がおだてに乗りやすい(?)という点をちょっと差し引いて考えても、長所にも目を向けつつ主体性を尊重してもらった時に、よりやる気が引き出されるような気がします。

というわけで、個人の差はあれども、一般的に開発においても、自分の強みと課題の両方を当事者らが見出し、自分達で方向付けをし、自らの手で推し進めていくことが、長期的に見たら一番効果があるのではないかと考えています。そして、達成までに何らかの困難にぶち当たるかもしれませんが、自助努力を尊重され、必要な部分については何らかの支援(技術、資金等)を得ながら目標を成し遂げた場合、統計に表れる開発の指標(例えば収入の額、食糧生産高、保健各種指標)も上がるのと同時に、「満足感・充足感」という値も上昇し、それがすなわちオーナーシップや持続可能性へとつながっていくのかもしれません。

もちろん、外部者・第三者の視点で見て問題点を指摘することはそれ自体でも意味があります。同時に、当事者の自尊心とやる気を損なわず、逆に可能性を引き出すにはどうすればいいのか、振り返り続ける必要もあります。要は「持って行き方」のバランス感覚を常に持つことが大事なのではないでしょうか。「それが、自分だったら?」と問いかけながら――。



VIII. 終わりに

開発に携わることは、いい意味でチャレンジングな問いかけと日々向かい合うことでもあると思います。UNDPを含め、様々な国連機関が持つ使命・方向性とそれを遂行するためのキャパシティを考慮しつつ、過去および他地域における教訓をもとに戦略を練るかたわら、いかに当事者の視点を反映させ、プロジェクトの実施運営は地元で開発を進めようとしている人々に委ね、そのオーナーシップや持続可能性を高めるべく側面支援を進めるにはどうすればよいのか。これが概念的なものではなく、国連の枠組みにおける立案プロセスや資金調達戦略の一環として、いかに実現できるのか。そしてそもそも、開発は誰が何のためにどのように進めていくべきなのか――。

フィールドにおける実践を積み重ねながら、一連の議論や試行錯誤の中でこのようなことを考えながら、刺激的な日々を過ごしています。

 

(2007年2月16日掲載 担当:井筒)


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