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第10回 松元秀亮さん
JICAラオス事務所所員(Assistant Resident Representative)

略歴:まつもとひであき 兵庫県尼崎市生まれ。大阪市立大学工学部卒、同大学大学院工学研究科修士課程修了後、2000年4月に国際協力事業団(現:国際協力機構)(JICA)に入団。東京国際センター、社会開発調査部、地球環境部を経て、2006年5月からJICAラオス事務所勤務。

<JICAプロジェクト担当者の仕事>

私は、JICA(国際協力機構)ラオス事務所でプロジェクト担当として業務を行っています。私が担当している分野は主にガバナンスと呼ばれている分野で、具体的には司法制度、行財政改革、薬物対策に関連した支援プロジェクトを担当しています。JICAラオス事務所におけるプロジェクト担当者の仕事は、プロジェクト開始前にはラオス側やその他関係者との意見交換を通じてプロジェクトの計画・立案を行い、プロジェクト開始後はプロジェクトの進捗管理や将来の支援計画の策定を行うことなどです。プロジェクト開始後の日々の運営については、プロジェクトに派遣されている日本人専門家によって行われることが多く、事務所担当者は専門家やラオス側関係者と意見交換を適宜行い、必要な場合にはJICAとしての方針を示すようなことをしています。また、他ドナーとの調整・連携が必要な場合はプロジェクト担当者が行い、私が担当している分野においても国連機関を含めた他ドナーとの連携が実際に生じています。このような仕事を行う上で時折感じていることを、国連機関との関係等も交えて書き綴りたいと思います。

<支援の物差し>

ラオスは、現在人口が600万人弱、国土面積は日本の本州と同程度、人口の60%をラオ族が占める一方約50の少数民族を抱え、一人当たりのGDP(国内総生産)は約500ドルです。このような人口や経済的なパワーが非常に小さい国は他にも多く存在していますが、ラオス国内においては、教育・保健医療・インフラ整備・産業育成などの課題が山積みの状況です。しかしながら、私が担当するガバナンスという視点から見ると、諸制度の整備にあたっては、行政が行えるサービスの限界も意識し、他の分野と比べてそれがどれだけ重要なのかを考える必要があるのだろうと思います。行政サービスに限界がある原因は、財政的問題、行政機関の能力的問題、経験不足、スタッフ不足、地理的問題、他民族国家であることなど様々あると思いますが、中でも支援を行う際に特に意識しなければならないと私が考えているのは、財政的問題、スタッフの人的不足という点です。もとより、この日本の本州と同程度の面積に東京の半分以下の人口が散らばり、インフラも地方までは十分に整備されていないわけですから、各個人に対する行政サービスの質を上げるのは相当に困難な状況であると思います。そして、それはほとんど全てのセクターについて当てはまることなので、これを人的リソースで補おうとすると相当程度の人数が必要となり、一方で、給与の遅配が発生している財政状況では新たな人材の登用というのも現実味がありません。技術支援を行う上では、これらに起因するサービスの限界を考慮しなければならないと考えています。

JICAでは、司法制度への支援の中で検察院と協同で捜査マニュアルを作成し、検察院及び警察に対してその普及を行っていますが、今後は新たに麻薬対策の支援も警察関係機関とともに実施していこうとしています。司法制度に対しては、JICAに加えてUNDP(国連開発計画)がマスタープラン策定を支援し、アメリカ大使館も検察院に対する支援を始めようとしていますし、薬物対策に関してはUNODC(国連薬物犯罪事務所)が計画策定や実際のプロジェクト実施などの幅広い活動をしています。これらは、ラオス側にとっては今まで行っていた業務に新たに追加されることになり、また支援終了後はラオス側が独自で活動を続けなければならない(負担を強いる)ものもあります。技術協力によって物事を実行する能力は向上すると思いますが、それに費やす時間やマンパワーが必ずしも増えるわけではないので、これらの支援が継続的に活かされるためには、技術協力を実施する上でこの点を認識しておかなければならないと思っています。

<ラオスにおける主要な薬物対策支援>

行政サービスの不足を補うための方策として、住民自らの力でそれを補うことも選択肢の一つです。行政の届かない地域・分野においては、直接住民に働きかけ住民の能力を向上することにより行政サービスの不足を補うという取り組みが世界各国で行われていると思います。ケシ栽培撲滅に対しては、UNODCを中心として、ラオス国政府やその他ドナーとともに住民に直接働きかける活動を行い、ケシの栽培面積をここ7年で約1/10以下にまで削減しています。ケシ栽培を完全に止めるためには、ケシ栽培で住民が得ていた所得を他の方法で賄わなければならず、これは栽培を止めた9/10の地域の中でもまだ課題として残っています。今後は所得向上のためのプロジェクトを中心に進めていくことが必要で、UNODCも自身の資金だけではこれを実施することができないため、ドナーに対して協力を呼びかけています。

これに対してラオスにおけるJICAの薬物に対する中心的な取り組みは、現時点においては、UNODCとラオス側で策定したケシ栽培撲滅のための取り組みに対する直接的な協力ではなく、東南アジア地域全体での薬物対策(取り締り)という広域的な視点から、薬物の流通をいかにして抑えるかということを目的に協力しています。ラオス国だけでなく、タイを中心として、周辺国であるベトナム・カンボジア・ミャンマーでも活動を行い、対象物もケシだけではなく他国で生産されたヘロイン等の薬物も対象としています。具体的な協力内容は、押収した薬物の分析を行い、その薬物に含まれる成分の特徴をつかみ、各地で押収された薬物の情報と総合的に比較検討することにより、薬物の生産地や生産ルートを解明するというものです。このように、ある問題に対して各組織が独自の方針や視点を持っていることから、同じ分野への支援を行う場合においても、中心的な取り組みは異なっています。

<ドナー連携に必要なこと>

先にも述べましたが、UNDPやUNODCはラオス政府と協同でマスタープラン作りを行っています。これら計画は10年、20年先を目指した長期的なもので、その構想自体も非常に大きく、ラオス政府の独力では実施困難です。更に、計画を協同で策定したUNDPやUNODCからの支援はあるものの、それだけでは達成が困難なので、計画を実行するには他ドナーからの支援が自ずと必要となってきます。計画には個別のプロジェクトとそのために必要な費用が記されていますが、これに対してJICAが行える協力は、資金の提供ではなく、プロジェクトの実施、つまり専門家派遣を中心としたJICA自身の技術協力プロジェクトの実施という協力です。JICAも他の分野でマスタープラン策定の支援を行っているので同じことが言えるのですが、その計画に実効性を持たせるためには、計画段階からの他ドナーの巻き込みが必要です。先方政府や住民に主体性を持たせるため、先方政府や住民のプロジェクトへの参加を積極的に促すことが重要視されていますが、これは他ドナーの参画に対しても同じことが言えるのではないかと思います。資金を提供してもらうには、その計画ができた段階でドナー会合を開き発表するのではなく、計画段階から業務レベルで個別の協議を重ねることが必要で、資金提供を受けるには、そのようなきめ細かいケアが必要なのだと思います。

私が担当している分野においては、計画策定段階からの参画という連携まではできていませんが、薬物対策については日々の業務を行う上で一つの個別のプロジェクトとして実を結びつつあります。具体的には、麻薬中毒患者のリハビリテーションセンターに対する支援です。このセンターの一つの機能として、患者に対する職業訓練を行うことになっていますが、UNODCがコンピュータや英語のトレーニングについて機器の提供や人の派遣に関する協力を始めており、JICAからは木工など他の技術支援のために日本人ボランティアの派遣を前向きに検討し始めています。また、アメリカ大使館では、これら技術者が技術協力を行う上で必要な資機材を提供するということも検討されています。この連携は会合における場において決まったわけではなく、日常からの意見交換から生まれたものであり、この例は日頃からの関係の重要性を示しているのではないかと思っています。

<他セクターとのバランス>

UNODCのように特定分野に特化した機関との協議を通じて考えることがあります。「特定分野に特化した機関は、その分野課題の解決がその組織にとっての命題であるため、組織が担当している分野以外に目を向ける機会や、他の分野と担当分野とのバランスを考慮することができるのかどうか」、「国全体を見て、ある分野にそれだけの投入をするのが適当なのかどうかということを、自身の担当している分野だけをみて検討することは困難ではないか」ということです。これは、マルチセクターに対して協力を行う機関であっても、それぞれの担当者は個別のセクターしか担当しないことがほとんどだと思いますので、機関に関係なく各担当者に対して言えることです。前述のとおり、行政機関に対して協力を行った場合、協力を実施している時点だけでなく、将来に渡ってもラオス側からの投入を必要とすることもあります。このため、国連機関を含むドナー側にはセクターを跨いだバランス感覚ということも必要とされているのではないかと思います。


<ドナーのバックグラウンド>

連携やそのための協議を通じて、国連機関は面白い組織だとも感じています。それは、世界各国の人達が集まる組織という点で興味を持っています。JICAやその他二国間支援として支援している人達は、それぞれの国として支援していますし、私もやはり日本人ということを無意識ながらも意識して仕事をしていると思います。つまり、日本人である専門家や私達JICAのスタッフが、日本の価値観や主義主張に基づいて支援を行っています。この場合、いろいろなしがらみに捉われて働かなければならないこともありますが、一方で日本という基準を持って支援をすることになります。一方、国連機関などの国際機関は、世界各国から人材が集まる集団で、そのバックグラウンドには様々なものがあると同時に、自国の価値観や主義主張に捉われずに物事を考えることができるのだと思います。

一方、技術面では、二国間支援の機関で働く場合、その後ろからはその国の政府からの支援を受けることができます。例えば、司法制度のプロジェクトでは日本の法務省及び関係機関から、薬物対策では日本の警察関連機関からの協力を受けて支援を行っています。国際機関はそのような「国」の後ろ盾がないため、特に行政への支援を行う場合、理論以外の実務面に対しては幅広い想像力を必要とされ、苦労も多いのではないかと思います。

<豊かさを考えるために>

東京からラオスに赴任し、仕事を始めてまず考えさせられたのは、「豊かさ」とは何かということです。時間・自然・社会のつながり、日本が少しずつ失いつつあるものが、ここには多く残っているような気がします。しかし、これらは開発とともになくなっていくものだと感じています。私は、このようなものを豊かさと感じます。しかし、これは外国人である私が十分に生活できるだけの生活費を支給されながら活動しているために感じていることであって、ラオス人がこれを豊かさと感じているのかどうかは分かりません。ラオス人にとっては空気と同じ、当然ここにあり、その存在を意識しないものなのかもしれません。

先日、街中の道路が日本の支援により整備されました。路面は非常にスムースになった反面、日本や他の開発の進んだ国と同じになったような気がして、何か一つラオスらしさを失ったようなそんな感覚を覚えました。しかしこれは、私がまだ「外国人旅行者」に近い感覚を持っているためではないかと思います。道路ができれば素直に喜び、ラオス人の視線で将来の希望や夢を持つ感覚を持ち、ラオス人の感覚をつかみ、一方で「豊かさ」というものを日本人の感覚も持ちつつ考えることが、バランスの取れた開発の方向性を考えるために必要なことではないかと思っています。

 

(2006年12月6日掲載 担当:井筒)


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