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第7回:井筒 節さん
国連人口基金 リプロダクティブ・ヘルス部勤務



井筒節(いづつたかし):東京都港区生まれ。国際基督教大学(ICU)教養学部卒。東京大学大学院医学系研究科保健学博士。東京学芸大学講師、UNU JGCディレクター補佐、WHOテンポラリー・アドバイザー、国立精神・神経センター精神保健研究所司法精神医学研究部研究員等を経て、2004年度JPO試験に合格し2006年より現職。

Q.いつ頃から国連勤務をを目指されたのですか?

国際化ブームの中、高校生の頃から漠然と国連で働くことには関心があったように記憶しています。その後、国際基督教大学(ICU)に入学し、横田洋三先生や功刀達朗先生の影響もあり、国連を中心とした人権システムに関心を持つようになりました。そこで、では一体人権は、法の枠組みを越えたところで、一人ひとりの人間に対してはどういった影響を与えるのかということに興味を持つようになりました。

これは現在でいう人間の安全保障の概念に似た感覚だったと思うのですが、人権侵害の被害者がきちんと法的保護を受け、加害者には必要に応じ法的制裁を課すといった人権の枠組みの下で、被害者、主に弱者の抱える不安、悲しみ、怒り、恥辱感など(個人に限らず集団の感情も含めて)にどうやって対応していくべきなのか、ということを考えるようになりました。

それらの解決を目指さなければ被害と加害の悪循環が止まらないのではないか、そしてこの問題に対処するには、国際の枠組みの中では国連がプラットフォームとなるのではないかと考えました。その後、大学院時代に途上国でヘルスワーカーや研究者として働きながら現場を見る中で、国連で働くことを本格的に考えるようになりました。

Q.国連以前にはどのようなお仕事をされたのですか?

大学院では、公衆衛生、特に、ジェンダーベイスト・バイオレンス(GBV)や紛争等の人為災害後、及び自然災害後のメンタルヘルスを専門とし、バングラデシュ、パキスタン、ネパールといった発展途上国を中心に、主に子どもや若者のQuality of Life (QOL) やメンタルヘルスに関する研究を行いました。アカデミックな活動以外にも、日本の企業のカウンセリング室や自治体の保健センター、精神科救急病院などの現場で働きました。

卒業後は、厚生労働省の研究所に研究員として就職し、日本の精神保健政策に関する研究を行いながら、途上国での研究も続けました。また、世界保健機関(WHO)の災害精神保健政策に関するプロジェクトで、テンポラリー・アドバイザーとしても働きました。

JPO試験合格後は、WHO等と迷った末、より現場に近い補助機関に行きたいと考え、津波後の援助において心理社会的ケアを行っていた国連人口基金(UNFPA)に決めました。外務省から元JPOの先輩を紹介していただき、やりたいことができそうな機関につき相談にのっていただいたことが助けになりました。

中でも、UNFPAで働いている大学院の先輩から様々なアドバイスをいただいたことが、現在の仕事に大きく繋がっています。また、ポストが決まる前に、偶然現在の上司が来日し、直接会った上で、職務内容の希望を伝えることができました。

Q.現在はどのようなお仕事をされているのですか?

MDG 5(母子保健)やHIVを含む性感染症予防などSexual and Reproductive Health(SRH)に関し、UNFPA内の他部署に専門的支援を行なう部署に属し、これら全般の仕事をしています。

また、1994年の人口開発会議で定められたSRHの定義には、メンタルヘルスが重要なコンポーネントとして含められています。そもそも、WHO憲章でも、健康は、身体的、精神的、社会的ウェルビーイングの状態と定められています。それにも関わらず、SRH分野では、これまでメンタル面に関する活動が殆ど行われていませんでした。

例えば、母子保健においては、近年、途上国の周産期の女性30%前後がうつ病を罹患し、その内の約15%が自殺をすることが問題となっています。母親がうつであることは、母親の身体健康や死亡率はもちろん、新生児や子どもの身体発達、認知・行動上の問題にも大きな影響を与えるため、対応が必要です。その他にも、GBV後のメンタルヘルス対策も大きな課題で、例えば自分がレイプ被害に遭った場合、身体の傷の処置や加害者への罰則だけで問題が解決されるかというと、おそらく、長期間にわたって恐怖や怒り、恥、不安、そしてトラウマなどに苦しめられるわけです。

しかし、これらはUNFPAが今までほとんど取り組んでこなかった分野なので、自分で企画を組み立て、例えばファクトシートを作成したり、WHOとの連携を築いたり壁を取り除いている所です。メンタルヘルスは、単に心の持ちようの問題ではなく、体全体をつかさどる脳の働きなのであり、身体全体の問題です。

しかし、誤解や偏見が強く、誰にとっても身近な日常の根源的問題であることをわかってもらうだけでも大変です。恋人と別れた後しばらく仕事が手につかなかったり、上司に嫌味を言われ、会社を辞めてやろうかと思い悔しくて眠れなかったり、お酒をたくさん飲んだり、家族にあたったり、普段しないような問題行動をしたり、そういうことをみな身近に経験している。それが、災害後や、死産やレイプの後、HIVの検査結果が陽性の場合などには、より強いショックとして人を辛い状態に追いやる。

すると、身体的なケアと同時に、これらに対してもケアが必要になるということなのです。また、メンタルヘルスが良い状態でないと、危険な性行動、薬物・アルコール依存、暴力行為なども増え、望まない妊娠やHIVを含む性感染症が増えたり、GBVが増えたりしてしまいます。

Q.今のお仕事でどのようなことにやりがいを感じますか?

これまでWHO以外、国連内でもほとんど取り組まれてこなかった分野に関し、自ら仕事を組み立てていけることは、障壁は多い一方、やりがいがあります。メンタルヘルスの分野では、紛争や災害などの後、厳しい環境が長期間にわたり改善されない地域に暮らす人々に対してケアを行うと、人々が目に見えて生き生きしてくる。安心感や幸福感を少しでも取り戻し、それらを更に得られるようにと動機付けが高まり、変化への行動を起こし始めたりする。そういうことに関わることができることには大変やりがいを感じます。

Q.逆にどのようなことがチャレンジだと思いますか?

国連は、多文化で様々な価値観があることが美徳である一方、その中で実際に連携や意見調整を行うのには、忍耐と時間が必要だと思います。特に、SRHとメンタルヘルスは、ともに人々がオープンに話したがらないセンシティブな問題であり、誤解やスティグマ(社会的烙印)が多く、更に文化的な影響、個人の価値観が大きく異なる領域であり、難しいこともあります。

Q. 国連に対して日本ができる貢献についてはどうお考えですか?

日本は、アジアの国々とはメンタリティーが近い。アジアでは、開発上の問題は未だ山積しているものの、アフリカなどと比べると、まずは命を救わなくてはという状況は比較的少なくなってきている。すると現場で前面に出てくる問題の一つが心理社会的側面です。これに対し人間の安全保障を立ち上げた日本としては、人間の安全感そのものの一側面ともいえる心理社会的側面に関する支援を一層強めていけると良いと思います。

実は、先程の津波後の心理社会的ケアに関するプロジェクトは、日本の拠出によるものです。どの分野においても、心理社会的側面は、人権や文化と並んで無視できない重要な要素だと思いますので、様々な開発・援助プロジェクトの中に、小さくても心理社会的視点が一部として入るよう支援していけると良いと思います。

Q. これから国連を目指す人へのアドバイスをお願いします。

パリ宣言や国連改革を受け、国連の役割が大きく変わってきている、そういった流れを理解した上で、柔軟に対応していく必要があると思います。何らかの特化した専門分野にいる方も、今後はその専門分野の政策を他の分野の政策との関連性を鑑みた上で、より総合的な政策にどう位置づけ、組み入れていくかという視点が必要とされる時代なのだと思います。

今後は、ガバナンス・平和構築・教育など分野を問わず、それらが行き着く末端にいる人々の感情や感覚、つまり心理社会的な部分に関心を払いつつ仕事をする人が国連にも増えると心強いと思います。人間は感情の生き物ですし、どんなに物資が豊富でも、不安で一杯であれば幸せに生きられないわけです。

逆にどんなに物がなくても、心が満たされていれば幸せでいられる場合もある。途上国はうつ病の有病率が高いのですが、国民の多くがやる気がでないうつ病の状態であれば、それだけでも開発は難しいものです。

最後に、JPOの同期は、帰国子女や海外の大学院で学位をとった方がほとんどですが、私は生まれてから大学院を出るまで日本で育ちました。同じようなバックグラウンドの方にも、ぜひ頑張っていただきたいと思います。大学生の頃、同じく日本のみで育った友達と国連事務局の見学ツアーに参加し、いつかここで働けたらと話したのですが、現在は二人とも国連内で働いており、面白いものだなと思います。

(2006年7月14日、聞き手:古澤、写真:田瀬)
2006年8月13日掲載 


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