私の提言

第46回:松岡宗嗣さん

LGBTを取り巻く日本社会の現状と求められる法整備

一般社団法人fair代表理事
松岡 宗嗣さん


略歴:松岡 宗嗣(まつおか そうし)さん
1994年愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。政策や法制度を中心としたLGBTに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、HuffPostや現代ビジネス、Forbes、Yahoo!ニュース等でLGBTに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。2015年、LGBTを理解・支援したいと思う「ALLY(アライ)」を増やす日本初のキャンペーンMEIJI ALLY WEEK発起人。2020年7月に、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)を出版。ハラスメントに繋がりやすいLGBTに関する「よくある勘違い」や企業に求められる施策を解説。



1.  LGBTを取り巻く日本社会の現状と求められる法整備

レズビアンやゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーなど性的少数者を表す「LGBT」。1960年代から欧米を中心に、LGBTの人々に関する平等な権利を求める動きとして大きな盛り上がりを見せ、1980年代から日本でも動きが活発化していったと言われています。特に「LGBT」という概念は、2010年代から一般的に知られるようになりました。

今日の日本でも、残念ながら依然として差別や偏見、ハラスメントが起きており、こうした差別を解消するための法整備が遅れてしまっています。本記事では、LGBTの人々に平等な権利と尊厳を保障するため、日本社会でどのような法整備が必要なのか、職場や結婚制度などを中心に見ていきたいと思います。

2. LGBTとは

LGBTとは、レズビアン(女性同性愛者)、ゲイ(男性同性愛者)、バイセクシュアル(両性愛者)、トランスジェンダー(出生時に割り当てられた性別とは異なる性を自認する人)の4つの頭文字からとった、性的少数者を表す総称のひとつです。国際的にはQ(クィアやクエスチョニング※)等を合わせて「LGBTQ」や「LGBTQ+」と表記することもあります。

そもそも性のあり方は、大きく分けて①法律上の性別、②性自認、③性的指向、④性表現の4つの軸の掛け合わせによって決まるのではないかという考え方があります。ちなみに、LGBは性的指向(どの性別に惹かれるか/惹かれないか)、Tは性自認(自分の性別をどう認識しているか)に関するマイノリティです。

※「クィア(Queer)」は元々「奇妙な」等の意味をもつ言葉で、ゲイやトランスジェンダーに対して侮蔑的に使われてきた言葉ですが、それを逆手に取って当事者たちが性的マイノリティ全般を表す言葉として使われるようになりました。「クエスチョニング」は、性的指向や性自認が決まっていない、迷っている等の人を表す言葉です。


この4つの軸の掛け合わせは人によって異なり、グラデーションのようになっています。

しかし、これまでの社会は「女性として生まれたら、女性らしく生きる」「男性として生まれたら女性のことを好きになる」と、シスジェンダー(出生時に割り当てられた性別と同じ性を自認する)や、ヘテロセクシュアル(異性愛)であることが前提として社会の仕組みや文化が作られてきました。そして、その枠組みから外れてしまった人たちは「いないもの」「フツウではない」として排除されてきました。

3.「fair」設立の経緯

私はLGBTの「G」、つまり「ゲイ」と呼ばれるセクシュアリティの一人です。2018年に明治大学政治経済学部を卒業し、一般社団法人fairを設立しました。法制度や政策を中心としたLGBTに関する情報を発信しています。また、ライターとしてハフポスト日本版やForbes、現代ビジネス等でLGBTに関する記事を寄稿しています。

私自身が「ゲイ」であることを自覚したのは、小学校高学年の頃でした。当時は家庭や学校でLGBTに関する適切な知識を得る機会はなく、自分がゲイであることは「きっと誰にも言ってはいけないことだ」と、誰に言われるでもなく、そう認識していました。もちろん身近に「ゲイ」であることを公表する大人はおらず、ロールモデルもいない中で、将来に対する漠然とした不安感を抱きながら、自分のセクシュアリティを隠して過ごしてきました。

大きな転機となったのは、高校を卒業した際の友人や親への「カミングアウト」です。特に母親へのカミングアウトが私の中では強く印象に残っています。

生まれ育った愛知県名古屋市から大学入学のために上京。大学2年の5月頃、母親が東京に来た際にカミングアウトしました。

いつものように、母から「彼女できた?」と聞かれ、いつものように笑って受け流していたら、突然「じゃあ彼氏できた?」と聞かれたのです。非常に驚いたのを覚えています。それと同時に、「母は待ってくれていたのかな」とも思い、そこで初めてカミングアウトしました。そこで母が言ってくれた言葉は「宗嗣が病気になった時に誰かが隣にいてくれることが大事で、親としてはそこが一番心配。隣にいる人が男でも女でもなんでも良い」という一言でした。

LGBTの当事者にとって、カミングアウトは関係性の距離が近ければ近いほど、毎日顔を合わせるような関係性であればあるほど、そのハードルが高まります。もし受け入れられなかったら、それは自分の居場所を失うことと直結してしまうからです。反対に、身近な関係の人に受け入れられる経験は大きな安心に繋がる。そのことを実感した瞬間でした。

私自身は、周囲の環境に恵まれ、幸いにもセクシュアリティを理由としたいじめ等を経験することはありませんでした。しかし、大学生活を通じて、同じゲイの友人や、他の様々なセクシュアリティの友人からの話を聞く中で、セクシュアルマイノリティに対する社会の差別や偏見について実感していくことになります。

「何か自分にできることはないか」と、学生時代からLGBTが生きやすい社会に向けてできることがないか徐々に考えるようになりました。まず、LGBTに関する出張授業を実施するNPO法人に所属し、学校や自治体を回りました。目の前の人たちの意識が変わっていく様子を身をもって実感することができたことは、非常に有意義な経験でした。

しかし、視点を遠くに向けてみると、例えば、地方に生きるゲイの当事者が、セクシュアリティを理由に家から追い出され、一人暮らしをするにも保証人を見つけられず家を借りることができなかったという経験をしたり、トランスジェンダーであることから会社でハラスメントを受け、うつ病を発症し退職せざるを得なくなった人など、社会の周縁に追いやられてしまう人がまだまだいることを目の当たりにしました。次第に、「どの時代に、どの地域で生まれても、セクシュアリティを理由に安全や安心を脅かされない社会」を実現するためには、やはりセーフティネットとしての「法整備」が必要だと考えるようになりました。

そこで2018年に一般社団法人fairを立ち上げ、政策や法律を中心としたLGBTに関する情報発信を通じて、法整備を後押しする活動を実施することになりました。

4. 教育や就労における困難

具体的にLGBTはどういった所で困難を感じやすいのでしょうか。ライフステージごとにおける困りごとは様々ですが、中でも、今回は教育や就労の場面について考えてみたいと思います。

例えば、教育の領域では、LGBTの約6割がいじめ被害を経験しており(※1)、就労の領域では、LGBの約4割、Tの約7割が求職時に困難を抱えています(※2)。学校で「オカマ」「ホモ」「オナベ」といった差別的な言葉によるいじめや、就活時にトランスジェンダーであることを理由に面接を打ち切られるといった事例が今でも起きています。2015年には、一橋大学でゲイの大学院生が、本人の同意なく第三者にセクシュアリティを暴露される「アウティング」を理由に大学の屋上から転落し自殺するという事件が起きました。同じく2019年8月には、男性として生まれ、現在は戸籍上の性別を女性に変更したトランスジェンダー女性が、転職した病院で上司からアウティングをされ、同僚から侮蔑的な言動を受け最終的に自殺を図ってしまったという事件についての訴訟が提起されています。

職場で性的指向や性自認に関するハラスメントを見聞きしたことがある人は全体だと約2割ですが、「LGBTの当事者」や、「身近にLGBTの当事者がいる」という人に限定すると、その割合は約6割に上昇します(※3)。つまり、LGBTへのハラスメントは身近な環境において無意識のうちに行われているということになります。

残念ながら、2019年12月現在、日本ではこうしたLGBTに対する差別をなくす、または権利を保護するための法律がありません。

5. 世界の状況

国連では、2011年に国連人権理事会で、人権と性的指向・性自認についての決議が初めて採択されました。それ以降、国連では「FREE & EQUAL」というタイトルでLGBTに関する啓発キャンペーンが展開されています。この「FREE & EQUAL」というタイトルには、1948年に国連総会で採択された「世界人権宣言」の第1条の理念が色濃く現れています。

「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ、尊厳と権利について平等である(All human beings are born FREE AND EQUAL in dignity and rights)」

しかし、振り返ってみると、この「すべての人間」にLGBTは入っていませんでした。そこで、改めて1948年の世界人権宣言に立ち返って考えようという思いが「FREE & EQUAL」というタイトルに現れているのです。

この前提を踏まえた上で世界の状況を見てみると、WHOは1990年に同性愛を精神疾患から削除していますが、2019年現在、未だ約70の国で同性愛は犯罪として扱われています。一方、130以上の国で性的指向に関する差別を禁止する法律等が施行されています。しかし、日本にはこうした法律はまだありません(※4)。

また、現在27の国と地域で同性婚が認められていますが、G7で同性カップルを法的に保障する法律がないのは今や日本だけです。

こうした現状に対して、日本は国際社会から勧告を受けています。

例えば、2017年の国連人権理事会で各国から日本に出された勧告には、以下のようなものがあります(※5)。

・オランダやドイツなどの国々から「性的指向・性自認を含む包括的な差別禁止法を制定すること」
・ホンジュラスから「性的指向・性自認に関する国際基準を遵守すること」
・メキシコやオーストラリアから「ヘイトスピーチ規制に性的指向・性自認を含めること」
・ニュージーランドから「性同一性障害特例法の改正をすること」
・スイスやカナダから「同性パートナーシップの法的保障を実現すること」
・東ティモールから「同性間DVへの対応をすること」
・カナダから「地方自治体や民間企業における取り組みを促進すること」

6. 日本で求められる法整備

ゲイであることを理由とした不当な解雇や異動、退職勧奨、トランスジェンダーの当事者が公共サービスを利用する際に、公的な書類と見た目の性別が違うことを理由に利用を拒否されたーー。こうした性的指向や性自認を理由とした差別的取り扱いを受けた際に救済されるための法律が日本にはありません。

国会では、2015年に「LGBTに関する課題を考える議員連盟」が発足、超党派でLGBTに関する法整備について検討が始まりました。その一方で、2016年に自民党が「性的指向・性自認に関する特命委員会」を設置。LGBTへの差別を禁止する実効性のある法整備が早急に求められますが、与野党で意見が一致せず未だ法制化には至っていません。

2019年5月末、日本で初めて、企業にパワーハラスメント防止対策を義務付ける法律が成立。その指針で、性的指向や性自認(SOGI: Sexual Orientation and Gender Indentity)に関するハラスメント、通称「SOGIハラ」や、本人の性的指向や性自認を同意なく第三者に暴露する「アウティング」の防止対策も企業に義務付ける方向が決まっています。

労働分野においては非常に大きな一歩ですが、あらゆる領域で性的指向や性自認に関する差別やハラスメントをなくすためには依然として課題が残っています。

同性カップルは法的な配偶者になれないため、例えば同性のパートナーが病院で緊急手術を受ける際に、手術の同意や面会を拒否されてしまうということがあります。相続ができないため、どれだけ長く共に暮らしてもパートナーに財産を残すことができません。また、パートナーが産んだ子どもを親として一緒に育てていても、自分は「親権者」にはなれません。そのためパートナーに万が一のことが起きてしまった際、子どもとはなればなれになってしまう可能性があります。

同性パートナーの権利保障に関しては「地方」と「司法」で動きが活発化してきています。

例えば、2015年に東京都渋谷区・世田谷区で初めて導入された「パートナーシップ制度」は、2019年4月時点で全国20の自治体に導入され広がりを見せています。しかし、これはあくまで自治体が同性カップルの存在を承認するもので、法的な効果はありません。

また、2019年2月14日に「同性カップルが結婚できないのは憲法違反だ」として、複数の同性カップルが国を相手取り、全国で一斉提訴しました。この「結婚の自由をすべての人に」訴訟ははじまったばかりで、最高裁判所の判決まで長い道のりが待っています。ただ、この訴訟の行方や、地方の「パートナーシップ制度」は、今後の立法過程にも大きく影響を及ぼすでしょう。国レベルで同性間のパートナーシップを法的に保障する制度が早急に求められます。

トランスジェンダーに関しては、2003年に成立した「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」により、トランスジェンダーの当事者は戸籍上の性別を変更することが可能です。しかし、その条件は「二十歳以上であること」や「現に婚姻をしていないこと」、「現に子がいないこと」や「生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること」、「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」の5つで、特にトランスジェンダーの中には手術を望む人もいれば、そうではない人もいる等、大変厳しい条件になっています。また、国際的には「性同一性障害」という概念ではなく「性別違和」や「性別不合」というものに変わってきており、手術要件の撤廃や非精神疾患化の動きが進んでいます。日本でも、こうしたトランスジェンダーに関する概念や性別変更の要件についての議論を進める必要があります。

LGBTへの差別を禁止する法律や、同性カップルの法的な保障、トランスジェンダーの性別変更に関する要件緩和など、LGBTの存在を保護・承認する早急な法整備が求められています。

7. 一人一人にできること

最後に、LGBTの人々も安心して、自分らしく生きられる社会を実現するために、一人ひとりができることは何かを考えてみたいと思います。そのキーワードの一つに「ALLY」(アライ)という言葉があります。

「ALLY」とは、LGBTを理解し、支援したいと思う「同盟者」や「味方」を示す言葉です。これは、主にシスジェンダーのヘテロセクシュアル(出生時に割り当てられた性別と性自認が一致している異性愛者)の人に対して使われます。

「ALLY」の可視化には、例えばLGBTの当事者がカミングアウトしやすくなったり、カミングアウトしなくても理解してくれる人が近くにいることを実感できるので、より安心して暮らすことができるというメリットがあります。

「ALLY」になるための厳密な条件はありませんが、LGBTや多様な性に関する適切な知識を得ることや、例えば「ホモやオカマ、レズ」などの差別的な言葉で笑いを取っている人を注意したり、「彼氏」「彼女」という言い方ではなく「パートナー」という言い方に変えてみたりする等、日頃の言動を意識的に変えてみる。他にも、LGBTに関するイベントに参加したり、普段の何気ない会話の中で、LGBTに関する話題をポジティブに出してみる等、誰でも小さい所から「ALLYでありたい」と思うシグナルを発していくことができると考えています。

また、本来はシスジェンダーヘテロセクシュアルの人を示す「ALLY」ですが、例えばゲイである私は、レズビアンやトランスジェンダーの人に対して「ALLY」であることはできると思っています。つまり、LGBTの当事者同士でも「ALLY」であることはできるということです。

さらに、セクシュアリティに限らず、例えば国籍や障害など、人間ひとりひとりの「違い」に対して味方でありたいと思った時に、「ALLY」というキーワードはLGBTの文脈を超えて、より汎用性のあるものとして使えるのではないかと考えています。

誰もが誰かのALLYになれるーー。私が活動を通じて大切にしている言葉です。一人でも多くの「ALLY」を増やしていくために、平等な権利と理解を広げていくために、これからも活動を続けていきたいと思っています。

 

※1 宝塚大学看護学部日高研究室 LGBT当事者の意識調査「REACH Online 2016 for Sexual Minorities」(2016)
※2 (c)Nijiiro Diversity, Center for Gender Studies at ICU 2016 
※3 日本労働組合総連合会「LGBTに関する職場の意識調査」2016
※4 ILGA.(2019) SEXUAL ORIENTATION LAWS IN THE WORLD 2019 
※5 一般社団法人fair「「人権=道徳ではない」国連が日本のLGBTの人権状況を監視する理由」2019年5月5日

 

2020年10月24日掲載
担当:本田綾里、志賀裕文