私の提言

第45回:多賀太さん

女性の活躍と男女のワークライフバランスのために
本気の「働き方改革」を!

一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパン 共同代表、関西大学教授
多賀 太さん


略歴:多賀 太(たが ふとし)さん
愛媛県宇和島市出身。九州大学教育学部卒業。九州大学大学院教育学研究科で博士(教育学)取得。日本学術振興会特別研究員、久留米大学准教授、シドニー大学客員研究員などを経て、現在、関西大学文学部教授。1990年代前半から男性学・男性性研究に従事する傍ら、男性の生き方を問い直す「メンズリブ」などの市民活動に参加。2016年、女性に対する暴力防止の啓発に男性主体で取り組む一般社団法人ホワイトリボンキャンペーン・ジャパンを設立し共同代表に就任。その他の主な役職として、独立行政法人国立女性教育会館運営委員、公益財団法人日本女性学習財団評議員、NPO法人デートDV防止全国ネットワーク理事など。主な著作に、『男子問題の時代?』(学文社, 2016)、『揺らぐサラリーマン生活』(編著, ミネルヴァ書房, 2011)、『男らしさの社会学』(世界思想社, 2006年)、『男性のジェンダー形成』(東洋館出版社, 2001)など。



          1.ジェンダー・ギャップ大国ニッポン

 日本は、国際社会のなかでも男女格差が非常に大きな国です。世界経済フォーラムが毎年公表しているジェンダー・ギャップ指数によれば、2019年の日本の男女平等ランキングは153カ国中121位。この指数を構成する経済、教育、健康、政治の4分野別に見ると、特に政治分野と並んで経済分野での順位が低くなっています1)
 経済分野に絞って日本の男女格差の実態をもう少し詳しく見てみましょう。就業者に占める女性の割合は44%で欧米諸国と大差ありません。しかし、管理的職業従事者に占める女性の割合は15%で、軒並み30%を超えている欧米諸国に比べて随分と低くなっています。上場企業役員に占める女性の割合はわずか5%。役員が20人いたら19人以上が男性という現状です(2018年)2)

出典: 内閣府 『 男女共同参画白書 令和 元年 版 』2)

 男女収入格差も顕著です。正社員(職員)同士で比較しても、女性の所定内給与は男性の76%と約4分の3に過ぎません(2018年)3)。これが女性の短時間労働者(いわゆるパート労働者)になると、時間あたりの給与は男性正社員のほぼ半分程度(2014年)となります4)。加えて、男性は時間外労働が多いため、さらに女性よりもたくさん稼いでいます5)。夫婦共働きであっても妻の収入は平均して夫の3分の1程度と推計されています6)
 子どもを産んだ女性が働き続けるのもそう簡単ではありません。2010年から2014年の間に、第1子出産に際して有業から無業になった女性(育児休業中は含まない)は47%と半数弱にのぼっています7)
 安倍前政権は「女性が輝く社会」をスローガンに掲げ、2015年には「女性活躍推進法」が施行されました8)。しかし、日本では1986年に男女雇用機会均等法が施行され、それからすでに30年以上が経過しています。なぜ、いまだにこれほどの男女格差が持続しているのでしょうか。

 

          2.なかなか進まない男性の家事・育児参加

 日本の経済分野での男女格差を生じさせている大きな原因の1つとして、家事や育児などの家庭役割責任が圧倒的に女性に偏っていること、言い換えれば、男性の家庭役割参加が極端に少ないことが挙げられます。
 6歳未満の子どもをもつ夫婦では、妻は夫よりも1日に6時間11分も多く家事・育児を行っています。妻7時間34分(うち育児3時間45分)に対して、夫はたったの1時間23分(うち育児49分)です(2016年)。欧米各国の2000年代以降の数値と比較しても、日本の妻の家事・育児時間は2時間程度長く、逆に夫では2時間程度短くなっています9)

出典: 内閣府 『 男女共同参画白書 令和 元年 版 』9)

 育児休業の取得状況に関しても、女性と男性の間には雲泥の差があります。2017年度の民間企業における育休取得率は、女性83%に対して男性はわずか5%。しかも、2014年度の取得者における取得期間の内訳を見ると、女性では「1か月以上」が90%で、「10か月以上」も65%とほぼ3人に2人に達していますが、男性で「1か月以上」はわずか17%であり、実に半数以上(57%)が「5日未満」となっています10)。つまり、育児休業を取得している男性であっても、大半は妻の出産直後のケアやピンチヒッターとしての限定的育児参加にとどまっており、夫婦のうちキャリアを中断して育児責任を担っているのはほとんどの場合妻なのです。
 雇用機会が男女均等で、女性活躍のための取り組みがいくら行われたとしても、家庭責任が一方的に女性に負わされている限り、女性たちが出産後にキャリアアップを図ることは非常に困難です。保育所の整備や待機児童をなくすといった育児への社会的支援が欠かせないのはもちろんですが、同時に、夫がもっと家庭役割を担って妻の負担を軽減することが必要です。またそのことは、男性にも、仕事だけで完結しない、多様で変化に富んだ生活を可能にしてくれます。
 それなのに、なぜ男性たちの家事・育児参加は進まないのでしょうか。今や、育児休業や育児に伴う所定外労働の制限など、性別にかかわらず利用できる育児支援制度はある程度整備されています。あとは男性たちの意識が変わるよう啓発を続けていけばよいのでしょうか。確かに、意識啓発は重要です。しかし、男女それぞれの働き方や家事・育児に関する意識を背後で方向づけている社会制度や機会構造の問題にもっと目を向ける必要があるのではないでしょうか。

 

          3.「男性稼ぎ主」標準社会のひずみ

 根本的な問題は、男女双方が、いまだに「男性稼ぎ主」家族を標準とした社会の仕組みのもとで働かされ、家庭生活を送っていること11)でしょう。現在では、一家の稼ぎ主としての役割を果たすに足る収入を得る代わりに残業や出張や転居を伴う転勤を前提として雇用主の要請に私生活を従属させる「仕事最優先」の働き方をするか、そのような働き方ができないのなら一家を養うどころか単身での生活もままならないほどの低い賃金に甘んじる非正規雇用か、というように雇用パターンが二極化している傾向にあります。
 こうした環境のもと、夫婦ともに仕事を最優先にしながら育児をするのは困難なので、多くの夫婦では、一方が仕事を最優先にするのと引き換えに家族が生活できるだけの賃金を稼ぎ、他方が育児を優先してキャリアを断念するか、そうでなくても育児に支障の無い範囲で柔軟に働く代わりに低賃金に甘んじるという選択をせざるを得ません。そして、旧来の「男は仕事、女は家庭」という性別役割分業慣行や、事実上男性の方がより多く稼げる機会構造と相まって、女性に比べて圧倒的多数の男性がこの「仕事最優先」の働き方を引き受け、逆に多くの女性が子育てのためにキャリアを犠牲にせざるをえなくなっています。
 男性の育児参加が日本よりも進んでいるEU諸国では、共働きモデルへと転換を図り、女性が就業して経済的に自立できる機会を拡大させることと並行して、男性の育児参加促進を図ってきました。しかし日本では、「男性稼ぎ主」モデルがそれほど問い直されないまま、女性活躍や男性の育児参加が議論されてきました12)
 したがって、日本の女性たちは、管理職に昇進しようとすれば、家庭役割をほとんど免れて仕事最優先で働いている男性たちと競い合わねばなりません。女性たちに期待される「活躍」がそのようなものであるならば、いくらチャンスを与えられたとしても、子育てとの両立における負担の重さを考えて二の足を踏む女性も少なくないでしょう。大卒新入社員を対象とした追跡調査において、女性社員の62%が入社1年目には「管理職を目指したい」と答えていたのに、入社4年目にはその割合が40%とほぼ3分の2に減少しており13)、管理職を目指したくない最大の理由が「仕事と家庭の両立が困難になるから」であった14)という結果は、このことを如実に物語っています。

出典: 独立行政法人 国立女性教育会館 「男女の初期キャリア形成と活躍推進に関する調査 ~パネルデータ分析による入社4年目までの意識と実態~ 」13)

 また、一家の稼ぎ主の役割を果たすために長時間働く男性の働き方が「標準」とされるような労働環境を変えないまま、男性たちが個人的な頑張りで仕事の合間に少しだけ育児に参加したくらいでは、育児のために仕事を辞めていた多くの女性たちが仕事を辞めずにキャリアアップを図るようになるとは思えません。結局、管理職や経営層の大部分は依然として男性によって占められたままで、男女の賃金格差もなかなか埋まらないでしょう。
 男性たちも、一家の稼ぎ主の責任を果たすことを求められる状況が変わらなければ、家庭役割への参加は限定的なものにならざるをえません。子どもの誕生によってさらにお金が必要になりますが、妻が出産を機に仕事を辞めたり正規雇用から非正規雇用に変わったりすると、夫の稼ぎ手責任はさらに重くなります。育児のために夫も仕事を減らせば、さらに収入は減りますし、それがきっかけでリストラの標的にされるかもしれない。そうしたリスクを避けるためにも、子どもの誕生後はそれまで以上に仕事に頑張らざるを得ない男性も少なくないでしょう。

 

          4.ジェンダー平等に向けた本気の働き方改革を

 個々のカップル単位では、夫が稼いで妻が育児に専念してもいいし、逆に妻が稼いで夫が家庭責任を果してもいい。しかし、女性活躍を促進し、男女のワークライフバランスを実現しようとするのであれば、社会全体としては、男性は労働時間を減らせる方向へ、逆に女性には夫に依存しなくても経済的に自立できるだけの就労機会が保証される方向へと、男女の機会構造を変化させることが必要でしょう。そのために、短期的に個々人に変化の動機づけを与える政策と、長期的に雇用労働慣行を変革していく方向性として、以下が考えられます。

i. 短期的な視点―政策的対応

 男性による育休取得の促進策として1つ考えられるのは、通常の有給休暇と別枠で育児休業を一部期間有給休暇化することです。有給休暇期間は、仕事を休んでも、その間の収入減が回避されるのみならず、賞与や人事評価などにも影響を与えない(はずな)ので、将来にわたる収入減への影響を少なくできます。このような有給休暇を導入する余裕のない中小企業には国が援助をすべきでしょう。
 もう1つは、育児休業給付金の増額です。長期の育児休業では収入が減るため、男女収入格差が大きい現状では、大半の夫婦では夫ではなく妻が育児休業を取得する方が経済的に合理的です15)。給付額が休業前の手取りと大差なくなれば、男性の育休取得も促されるでしょう。ただし、財源確保のための工夫が必要です。
 他方で、女性の経済的自立を促すためには、女性が自ら働くことよりも稼ぎ手である配偶者の収入に依存することに経済的インセンティブを与える制度、たとえば配偶者控除16)や公的年金の第3号被保険者制度17)は段階的に縮小していくべきでしょう。企業や労働組合においても、配偶者手当を縮小していき、しかし総人件費を減らすことはせず、その浮いた分を女性が多数を占める非正規雇用労働者などに再配分することを考えてみてもよいでしょう。 

ii. 長期的な視点―雇用労働慣行の抜本的改革

 私たちの社会は、職場において求められるペイドワーク(収入の得られる労働)と、家庭や地域で求められるアンペイドワーク(収入が得られない労働)の両方によって支えられています。後者を女性だけに押しつけることのないよう、性別にかかわらず、家庭や地域でアンペイドワークを担いつつ、限られた労働時間のなかで生産性を高めて経済的自立を果たせるような働き方が「標準」となるような雇用労働環境の整備が望まれます。
 たとえば、同一組織に長期間所属しながら仕事最優先で長時間働くほど評価されがちなジェネラリスト職の割合を縮小し、成果をより具体的に測りやすいスペシャリスト職の割合を増やして業務を職種別に振り分けることや、チームで行う作業を縮小し、個々の労働者の職務内容と範囲をより明確にすることが考えられます。
 より長期的には、「同一価値労働同一賃金」の原則のもと、正規雇用の待遇を非正規雇用並みに引き下げようとする動きを回避しつつ、正規雇用と非正規雇用の間の垣根を低くしていき、より責任が重く長時間働く働き方から短時間の柔軟な働き方に至る多様な働き方の選択肢を準備する。そして、性別を問わずライフステージに応じて、そうした多様な働き方の間の移行を可能にすると同時に、勤続年数や総労働時間にかかわらず、有能で意欲さえあれば抜擢されるような人事制度を広げていく。そうすれば、女性にも出産や育児のためにキャリアを断念することなく働き続けて経済的に自立を果たすチャンスが広がりますし、職業的野心のある男性が、育児期には仕事をセーブして育児責任を果たし、その後の頑張りで十分挽回できる可能性も広がります。
 転居を伴う異動は、夫婦がともにキャリアを継続しながら協力して家庭責任を果たす生活を奪ったり、有能な人材を不本意な退職に追いやったりしてしまうことから、必要最小限にとどめるべきでしょう。
 最後に、日本に特徴的な「お客様ファースト」の文化もほどほどなものに変えていければと思います。顧客からの過剰な要求や、自分たちよりも強い立場にある取引先からの要請を断れず、業務量や労働時間が増えてしまうという話をよく聞きます。われわれは、自分が顧客の立場や取引で優位な立場に立ったときこそ、対応してくれている相手にも私生活や家庭責任があることを思いやり、自分の無理な要求が相手の仕事を増やしたり生活時間を圧迫していないかを問い直したりすることが大切です。1人1人がお客の立場になったときに少し気遣いをすることが、めぐりめぐって自分が労働者の立場になったときの働きやすさに繋がるのではないでしょうか。

 

注・参考資料(URLはすべて2020年8月29日最終確認)

  1.               World Economic Forum, The Global Gender Gap Report 2020 http://www3.weforum.org/docs/WEF_GGGR_2020.pdf
  2.               内閣府(2019)『男女共同参画白書 令和元年版』p.112-113
  3.               同上p.111
  4.               内閣府(2015)『男女共同参画白書 平成27年版』p.58
  5.               2018年に、週60時間以上働いている雇用労働者の割合は、女性2.4%に対して男性10.6%。30~40歳代の男性に限れば13%以上となっている。内閣(2019)前掲p.115
  6.               多賀太(2018)「男性労働に関する社会意識の持続と変容―サラリーマン的働き方の標準性をめぐって」『日本労働研究雑誌』No.699, p.4-14 https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2018/10/pdf/004-014.pdf
  7.               内閣府(2019)前掲p.119.
  8.               厚生労働省「女性活躍推進法特集ページ」 https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000091025.html
  9.               内閣府(2019)前掲p.120
  10.               2017年度の国家公務員の育児休業取得率については、女性でほぼ100%、男性では10%となっている。取得者のなかでの取得期間については、女性の45.5%が1年以上取得しており、取得期間が1か月未満はわずか1%であるのに対して、男性では68.0%が1か月未満となっている。内閣府(2019)前掲p.122
  11.               筒井淳也(2017)「家族キャリアの展望を可能にする働き方を」『日本労働研究雑誌』No.689, p.1. https://www.jil.go.jp/institute/zassi/backnumber/2017/12/pdf/001.pdf
  12.               高橋美恵子(2014)「ジェンダーの視点から見る日本のワーク・ファミリー・バランス : EU諸国との比較考察」『フォーラム現代社会学』No.13, p.75-84. https://doi.org/10.20791/ksr.13.0_75
  13.               NWEC「男女の初期キャリア形成と活躍推進に関する調査~パネルデータ分析による入社4年目までの意識と実態~」 https://www.nwec.jp/about/publish/2019/ecdat60000003hi0.html
  14.               NWEC「平成30年度男女の初期キャリア形成と活躍推進に関する調査(第四回調査)報告書」 https://www.nwec.jp/about/publish/2018/ecdat60000002plv.html
  15.               現在の給付額は休業前の所定内給与の67%(休業開始6か月以降は50%)。賞与等の手当もなくなるため、ほとんどの場合、課税と保険料等が免除されても収入減は免れない。 厚生労働省「Q&A~育児休業給付~」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000158500.html
  16.               国税庁「配偶者控除」 https://www.nta.go.jp/taxes/shiraberu/taxanswer/shotoku/1191.htm
  17.               日本年金機構「第3号被保険者」 https://www.nenkin.go.jp/yougo/tagyo/dai3hihokensha.html

 

2020年10月26日掲載
担当:リバシ直美、本田綾里