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ポスト2015開発アジェンダ:世界銀行職員の視点より


 

世界銀行アフリカ局 環境・天然資源ユニット 上級業務専門家
黒田 和秀さん


1.キム総裁主導による世界銀行グループの新しい動き
2.世界銀行の取り組み方
3.MDGsの達成状況
4.ポスト2015開発アジェンダの課題
5.提言
参考文献

1.キム総裁主導による世界銀行グループの新しい動き

ワシントンDCにある世界銀行本部。日当たりの良いガラス張りのビルに入ると壁に大きく書かれた「OUR DREAM IS A WORLD FREE OF POVERTY」(私たちの夢は貧困のない世界)という基本理念が目に飛び込んできます。2012年7月、ジム・ヨン・キム氏は世界銀行第12代総裁に就任した際、これがただの夢のままではいけないと強調しました。キム総裁は新しいスローガン「a world free of poverty and with shared prosperity」(貧困のない、共に繁栄する世界)を掲げることで、この大義に毎日取り組む確固たる意思を世界銀行職員に表したのです。

そして、2012年10月に東京で行われた世界銀行・国際通貨基金の年次総会[1]では、「What will it take」(貧困を世界からなくすには何が必要か)とプリントされたTシャツを着るキャンペーンを開始し、ソーシャルメディアを活用して世界中の人々に呼びかけました。また、会場には、アイデアを自由に書いて貼る付箋用のボードを設置し、総会参加者と一般の人々からの意見を集めました。何千ものアイデアが書き込まれたこのボードは、ワシントンDCに持ち帰られ、今でも世界銀行のロビーの目立つ場所に飾られています。このボートには日本語で書かれた付箋も沢山見られます。国連フォーラム読者の中にも、アイデアを載せて下さった方がいらっしゃるとすれば嬉しく思います。私たち世界銀行職員の間では、これらのアイデアをどのように実行に移していくかを考えることが習慣となりました。

2.世界銀行の取り組み方

キム総裁は「ミレニアム開発目標(MDGs)は、開発コミュニティーに貧困削減への支援に力を入れるよう促す重要な触媒としての役割を果たした。しかし、もし初めから国家レベルでの解決策と実施戦略を結びつけておいていたならば、もっとうまくいったであろう。」と主張しています。[2]そして、「今求められているのは、途上国での変革と貧困層の生活向上を促進する効力をもつ体制である。」と呼び掛け、取り組むべき以下の4点を提案したのです。

1. 人と地球に焦点をあて、金銭的な貧困対策の先を考える
2. 格差として存在する公平は貧困削減の妨げである
3. 多部門における解決策が必要である
4. 貧困に苦しむ人もどの国(特に脆弱な国)も取り残されないように保証する

2010年に開催されたミレニアム開発目標サミットにおいて、国連加盟各国は2013年9月の国連総会までに中間審査を行うことが義務付けられました。国連が率いるポスト2015プロセスは、各国政府、非政府組織(NGO)、市民社会団体などを含む複雑なステークホルダー構造を持ち、MDGsと継続可能な開発目標(SDGs)の2つの開発目標の成果と課題を評価する過程から成っています。多数の団体・組織がそれぞれ異なったレベルで多種多様な形で携わっていますが、世界銀行は政府間・省庁間団体と協力し、以下の4つのテーマのもと、このプロセスに取り組んでいます。[3]

1. 現MDGsの成果を推進し続ける
2. データの補足と能力開発の必要性を呼びかける
3. ポスト2015開発アジェンダへの教訓に貢献する
4. MDGsとSDGsの連携を確保する

キム総裁は、上記4テーマに世界銀行グループが包括的に貢献できるよう、マフムド・モヒエルディン(Mahmoud Mohieldin)氏[4]を特使に任命しました。そして、上記4テーマにおける国レベルでの対策においては、世界銀行が各国に資金提供しているプロジェクトを通して、世界的規模の目標をそれぞれの国に適応した目標と対策に転換することを強く主張しました。更に、途上国が、限られた資金の配分の優先順位を決められるよう、世界銀行がその分析力を活用して引き続き途上国にMDGsの実施予算査定に助言をしていくことも加えました。

3.MDGsの達成状況

ポスト2015開発アジェンダの交渉が始まる9月のポスト2015サミットを数ヶ月後に控え、私たちはまずMDGsの現状を確認する必要があります。現時点で、8つの目標の中の21のターゲットの内、達成できているのは3つ未満です。[5]このままでは2015年までに掲げている目標を達成するのは相当難しいことが明らかです。しかしながら、以下の重要な成果に着目してみてください:

1. 2015年を達成目標としていた、1日1ドル未満で生活する人口を半減する(MDG 1a)という目標を5年早く2010年に達成。35%の人口増加に関わらず、貧困率と極度の貧困率はすべての途上国で低下の傾向を見せている。特に、極度の貧困率は30年前の52%から22%まで低下した。[5][6]
2. 安全な飲料水及び基本的な衛生施設を継続的に利用できない人口を2015年までに半減する(MDG 7c)という目標の内、飲料水へのアクセスが達成された。[5]
3. 2020年までに少なくとも1億人のスラム居住者の生活を劇的に改善する(MDG 7d)という目標が既に達成された。[5]


これらの結果は、期限内にすべてのMDGsが達成されることがなくても、2000年にMDGsを組織的に協力して作り上げたことにより生まれた多数の価値ある取り組みが、貧困に苦しむ人々に多大な利益を与えていることを示しています。

4.ポスト2015開発アジェンダの課題

専門家や有識者がそれぞれMDGsの進行状況を確認する中、他の多数の開発関連団体と同様に世界銀行が抱いている見解は、ポスト2015協議会を数ヵ月後に控えたこの重要な分岐点において、過去の開発目標から教訓を学び、現在のMDGsとのギャップを分析し、より良くするにはどうしたらよいかを考えるべきである、ということです。[6]目標の焦点は引き続き、貧困層の生活改善であるべきです。ポール・コリアー(Paul Collier)氏[7]は、世界の最下層にいる10億人とその他の人々との格差は広がる一方だと言っています。つまり、世界の50億人がそれぞれのペースで前進している中、残りの下層にいる10億人は切り取られ、取り残されているのです。また、「紛争の罠」と言われるように、人々が貧困、苦難、絶望に捕らわれてしまう紛争を失くすために、国際協力の必要性を唱えています。彼が世界銀行にいた頃、私は彼の仕事の補佐を通して、最低限レベルの安全保障が確保されない限り、貧困削減と開発は達成できないだろうと確信しました。そして、開発関係者たちは傍観しているのではなく、自らが和平監視者と協力し、紛争終結後の国々が再び紛争状態に戻らないようにするべきであることを学びました。更に天然資源の使用方法をより明確に提示する政府体制を発足し(例えば、「血塗られたダイアモンド」により続く紛争を防ぐためのキンバーリープロセス認証制度、また、Extractive Industries Transparency Initiativeは天然資源による収入が秘密裏に使われないようにする制度です)、無職の若者たちに職を与えることで、紛争を防ぐことに大きく貢献できることも学んだのです。最近では、世界の紛争地域における安全な環境作りのため、外交、防衛、開発などのさまざまな分野間の協力的活動が活発になってきています。また、アイルランド前大統領であり前国連人権高等弁務官であるメリー・ロビンソン氏(Mary Robinson)[8]とその同志たちは、平和、安全保障、良い統治法、法律が新しい開発目標に含まれるべきだと訴えています。

また、2000年を振り返ると、一つのアジェンダが欠けていることに気づきます。キム総裁が提言しているように、新たな開発目標に環境と社会的持続性を決して入れ忘れてはいけないのです。今日、地球温暖化を証明する多くの科学データのおかげで、より具体的な対策が可能になったと思います。しかしながら、特定の持続可能な開発目標の設定とその成果の測定方法について合意を得るのはとても難しい挑戦です。それでも、残された時間は少なく、これ以上行動を起こすことを先延ばしにはできないのです。世界銀行は先立って、“Turn down the heat: Why a 4 degree C. warmer world must be avoided”(熱を下げよう:なぜ気温が4度高い世界を回避すべきか)という報告書[9]を発行しました。気温が4度上がることで、過度の熱波や命をおびやかすほどの海面上昇が起こります。そして、これらは特に貧困に苦しむ地域に莫大な被害を及ぼすことが予想されています。この報告書の反響は大きく、世界銀行は政府とともに報告書で提案した対策案を実行に移す準備を整えています。

世界銀行上級エコノミストであるヴァラム・ガウリ(Varun Gauri)氏[10]は、MDGsは法的拘束力が低いことを指摘し、次に続く開発目標も同様の状態になる可能性が高いことを懸念しています。貧困層の権利拡大や男女の平等などの原理に基づいた意見は全世界からの賛同を得るべきです。そこで、国際的な合意を確立するためには、今秋にNYで結集する外交官たちの確固たる決意が必要です。彼らがあきらめないように、世界中の人々はしっかり彼らに責任を負わせなければいけません。今日、ソーシャルメディアがこれを可能にしてくれました。人々の声はスマートフォンに数回触れるだけで、即座に彼らに届くのです。




5.提言

ポスト2015開発アジェンダ合意への道のりは長く険しく、まだ始まったばかりです。そして、国々と人々を待ち受けているのは、2015年以降の新しい開発目標に向けた長年にわたる努力の日々です。多くの人にとっては、このポスト2015のアジェンダは膨大すぎて、何をしても変わらないように感じるかもしれません。また、このシリーズの読者の方々は毎日を過ごすことで精一杯かと思います。しかし、ここで一歩踏み出して、貧困に苦しむ人々とこの地球について考えてみませんか?そして、キム総裁の問いかけ−「貧困を世界からなくすには何が必要でしょうか」「何か一つでもアイデアを」「大勢の人々とのこの旅路に一緒に赴きませんか」−へのあなたなりの回答を考えてみませんか?新しい目標への道のりははるか遠く、達成できるのは私たちの次の世代かもしれません。しかし、私はこう思います。この道のりこそが目的地なのです。私たちは毎日前進し、毎日何かを達成しているのです。

参考文献

1. This was the second time these Meetings were held in Japan. Previously, Japan hosted in September 1964.
http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/EXTABOUTUS/EXTARCHIVES/0,,contentMDK:23196271~pagePK:36726~piPK:437378~theSitePK:29506,00.html At this occasion in 2012, making use of lessons from the Great East Japan Earthquake, a special session was held in Sendai. It concluded with adoption of Sendai dialogue on disaster risk management.
http://www.worldbank.org/en/news/press-release/2012/10/10/sendai-dialogue-advances-global-consensus-on-disaster-risk-management

2. World Bank President Calls for “Solutions Bank” to Meet Global Challenges
http://www.worldbank.org/en/news/press-release/2012/10/12/world-bank-president-calls-solutions-bank-meet-global-challenges

3. World Bank website on MDGs
http://www.worldbank.org/mdgs

4. The MDGs and Beyond, Mahmoud Mohieldin, January 10, 2013
http://blogs.worldbank.org/developmenttalk/print/856

5. Verbeek, Jos, “Huge effort needed on child mortality”, MDGs and Beyond, Development Prospect Group, The World Bank, October 2012
http://www-wds.worldbank.org/external/default/WDSContentServer/WDSP/IB/2012/11/28/000333037_20121128001740/Rendered/PDF/NonAsciiFileName0.pdf

6. Remarks by Otaviano Canuto at 4th OECD World Forum, “Beyond 2015: The Future of Development Goals”, New Delhi, October 17, 2012
http://web.worldbank.org/WBSITE/EXTERNAL/TOPICS/EXTPOVERTY/0,,contentMDK:23295537~menuPK:2643747~pagePK:64020865~piPK:149114~theSitePK:336992,00.html

7. Collier, Paul (2008), “The Bottom Billion: Why the Poorest Countries are Failing and What Can Be Done About It”, Oxford University Press

8. Robinson, Mary, “Same Millennium, New Goals: Why Peace, Security, Good Governance and the Rule of Law Must Be Included in the New MDGs”, Huffington Post, March 12, 2013
http://www.huffingtonpost.com/mary-robinson/millenium-development-goals_b_2862059.html

9. Climate Change Report Warns of Dramatically Warmer World This Century
http://climatechange.worldbank.org/content/climate-change-report-warns-dramatically-warmer-world-century

10. Gauri, Varun (2012), Policy Research Working Paper: MDGs That Nudge: The Millennium Development Goals, Popular Mobilization, and the Post-2015 Development Framework, Development Research Group, The World Bank

McArthur, John W. (2013) Own the Goals: What the Millennium Develop Goals Have Accomplished, Foreign Affairs

Anderson, Allison (2013) The (Tangled) Road Map to September’s U.N. General Assembly Meeting on the Post-2015 Development Agenda, Brookings Institution


黒田 和秀さん(くろだ かずひで)さん
略歴:東京都出身。ウォータールー大学科学部(カナダ)卒業。デルフト工科大(オランダ)、パリIV大学(フランス)留学を経て、マッギル大学(カナダ)で経営学修士号(MBA)取得。カナダ在住中に国民軍を経験。国連競争試験(経済・IT各分野)に合格し、旧災害救援調整官事務所(現人道問題調整事務所: OCHA)勤務。アルメニア大地震支援調整、第一次湾岸戦争避難民救援、1994年にはルワンダ紛争人道支援、北朝鮮人道支援調整等に関わる。1998年に世界銀行入行。社会開発局紛争予防復興ユニットで上級社会開発専門家として勤務。カンボジア、アフガニスタン、東ティモール、イラク、リベリア、北カフカス紛争後地域等の復興支援、世銀紛争・開発、脆弱国家業務政策作成に関わり、また、国連、世銀連携強化に尽くす。 アフリカ局・国別担当ユニット(エチオピア・スーダン・南スーダン・サマリア)に移動、現在、同局・環境・天然資源ユニットに所属。趣味は海・山スポーツ、トライアスロン、ボサノバ。




2013年4月28日掲載
担当:渡辺直美
ウェブ掲載:藤田綾

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