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日本におけるBOPビジネスの課題と可能性− 連携によるアプローチの模索

第72回 国連フォーラム勉強会

日時:2012年3月2日(水)18時30分〜20時
場所:コロンビア大学ティーチャーズカレッジ会議室
講師:星野裕志氏(九州大学大学院経済学研究院教授・コロンビア大学ビジネススクールVisiting Fellow)


<講師の発表>
■1■ 問題意識
■2■ BOPの考え方
■3■ BOPへの3つの疑問
■4■ 開発途上国で事業を展開する利点
■5■ 連携による新市場参入

<ケースディスカッション>
■6■ 「グラミン雪国まいたけ」
■7■ まとめ    

<講師の発表>

勉強会前半は、星野氏から導入をかねて「日本におけるBOPビジネスの課題と可能性− 連携によるアプローチの模索」というテーマのもと発表をして頂いた。

 

■1■ 問題意識

私(星野氏)は、バングラデシュのムハメド・ユヌス氏率いるグラミンクリエイティブラボと九州大学が提携することになった為、2年前からソーシャルビジネスに従事することになった。国際経営を教えるFor Profitの目から見ると、ソーシャルビジネスには解決するべき問題点が多いように思われる。近年、BOPという言葉をよく耳にすることが多くなったが、本来設定された定義とは随分違ってきているように見える。その中でも、「BOPとは、開発途上国の中での社会的問題を解決すること」という点が強調されるあまりに、ビジネスから乖離していることは否定できない。また、その結果、今のソーシャルビジネスは持続性と事業性が両立するモデルなのかという点についても疑問がある。これらの疑問を問題意識として持ち、開発途上国市場に対するさまざまなアプローチの違いを明らかにし整理した上で、民間企業と公的機関・NGO・現地企業との連携について研究している。
また、プライベートでも夜と週末は、NPOの仕事に携わっている。阪神大震災の時、日本で最大のボランティアが集まった「ボランティア元年」の当時から、資金不足やリーダーシップ不足によってボランティアが離れていくということに懸念を覚えた。そこで、ボランティアの定着・活動家の養成を目的に、NPOマネジメントスクールを神戸に立ち上げた。その後、自分自身でもNPOを含めた市民活動を続けている。

■2■ BOPの考え方

1998年にプラハード氏が提唱した「世界の8割を占める1日の収入が2ドル未満の40億人を対象とする大きな事業の機会」というBOPビジネスの定義は、本来「底辺で可哀想な人たち」をターゲットにしたものではなく、「今まで手付かずであり、これからの成長が期待できるビジネス」という意味を持つものであった。インドのムンバイで、スラム街で提供される製品やサービスの方が、上層階級が居住する地域での提供価格よりむしろ割高であることが例証され、手付かずの市場の可能性に目を向けていこう、という考えから始まったものである。



■3■ BOPへの3つの疑問

1つ目の疑問:BOPの考え方の変化
プラハラード氏の提唱から10数年の間に、企業の社会的責任(CSR = Corporate Social Responsibility)、また環境および貧困に対する人々の関心の高まり、持続可能な発展モデルへの模索、リーダーの示す方向性等において、様々な変化が訪れた。それらがBOPと結びつき、「社会的な課題の解決の要素」がより濃厚になり、BOPに対する考え方が変化してきた。BOPという言葉自体も、昨今は Bottom of Pyramid から Base of Pyramidがより使われるようになっている。

2つ目の疑問:経済産業省によるBOPビジネスアプローチ
日本では特に、経済産業省のプロジェクトの取り組みの結果、いつの間にか、BOPのビジネスに国際協力としての要素が加わっている。世界で様々な企業がBOPビジネスに興味を持ち始めた頃、日本企業はこの分野に出遅れ気味であった。そこで経済産業省は、「BOPビジネスは、持続的、効果的な経済協力の実施、そして日本企業の海外展開を通じた新たな市場への製品・サービスの供給という2つの目的を同時に達成するもの」であると提唱し、BOPビジネスを推進している。日本の企業では、味の素の小分けモデルや、ヤクルトのヤクルトレディなどの販売方式を考案しながら海外で展開したものが、初期におけるBOPビジネスに相当する。その当時、恐らく社会的な問題を解決しようという意図は無く、購買力の低いマーケットでいかに売るかを模索した結果、この様なモデルが生まれたと思われる。つまり、当時は利益を求めて始められてビジネスの形態が、今日では社会的問題の解決と混合されるようになってしまった。

3つ目の疑問:グラミンによるBOPビジネスモデルの持続性
グラミンによるソーシャル・ビジネスモデル(ムハマド・ユヌス氏の考え方)には、「ビジネスの目的は利益の最大化ではなく、貧困、教育、 環境などの問題の解決」や、「投資家は投資額を回収し、それを上回る配当は還元されない」というものがある。つまり、投資額のみ回収するが、それ以上の利益はグラミン・ソーシャル・ビジネスの普及と実施に活用される。利益を持ち帰ることのできないビジネスを大規模に展開することは容易ではない。このモデルで参画できるのは、当該国での直接的な利益を求めなくても良いトップの強いコミットメントのある企業や多国籍企業などに限られる。それではこのような動きをBOPに効果的に向けていくことはできないのだろうか。上記の3つの疑問をもとに、より持続可能なモデルを模索するという問題意識から、現在のテーマで研究を行っている。

■4■ 開発途上国で事業を展開する利点

確かにBOPビジネスを通じて、参入企業は短期的な利益は得られなくても長期的な利益が得られる可能性がある。社会的責任を果たしているという企業イメージ向上につながることもあれば、途上国市場向けの商品・サービスの開発を行ったり、技術移転を行うことができる。また、一国で成功したモデルを他国に応用移転することも可能なはずである。より多くの企業が参入できる環境が整い、参入市場での適切な利益が伴うことで、今後より大規模な展開が期待できるのではないか。その参入の1つの方法として、「連携による市場参入」が挙げられる。のテーマ別討論やリトリートなどを企画している。すでに、仲裁、ポストミレニアム開発目標(MDGs)等に関し、議長主導の会議を開催した。

■5■ 連携による市場参入

従来の合弁事業は、現地企業をパートナーとするモデルが主流であった。優良な現地企業は、現地市場に精通し、販売チャネルや労働力、経営資源へのアクセスが良好だという利点があった。一方で、従来の合弁事業の形態では、取引コストが増加してしまったり、経営資源の内部化が行われないといった問題点があった。今後の連携による事業では、パートナーを現地企業に限定せず、現地情報を把握している、NGO、国際機関を含む様々なパートナーに広げていくべきである。過去に国連機関、NGO、企業との連携の例はあったが、必ずしも有効的な連携ではなかった。それは「利益を重視せず、原価に近い価格で商品を提供するべきである」という考えが公的機関にあったからであると思われる。開発途上国において、効果的かつ持続可能な連携を維持していくためにはどうすればいいのかというのを今回のグラミン・雪国まいたけのケースを通して模索していきたい。

<ケースディスカッション>

星野氏から以上のようなBOPビジネスに関する背景知識を発表していただいた後に、参加者18名で以下のようなディスカッションを行った。


■6■ ケースのディスカッション「グラミン雪国まいたけ」

(星野氏からの投げかけ)

もやしの海外での需要は非常に少ない。もやしはなぜ安いのか。もやしは卵と並んで、「物価の優等生」と呼ばれ、栄養価も高く、安い。雪国まいたけは、日本国内のまいたけ市場においては6割のシェアを持っているが、圧倒的なシェアを誇る業界大手は存在していない。もやしは価格に加えて賞味期限が短い為、雪国まいたけもなかなか首都圏に進出できていない。
そのもやしについて、中国から原料である緑豆を輸入して、それを水耕栽培でもやしに育てるというモデルが現在崩れ始めている。中国国内でも需要が拡大し、規制が始まっている中で、中国が緑豆の輸出を止めたらどうなるか。雪国まいたけの佐竹氏は、レア・メタルの経験を思いながら、中国に生産地を依存するビジネスモデルに危機感を覚え、バングラデシュでグラミン−雪国まいたけのモデルを始めることにした。
今回はグラミン−雪国まいたけの事例から利点、問題点、成功要因、阻害要因を導き出し、今後の連携に基づく展開の可能性を参加者全員で考えることを目的にディスカッションを行った。

(参加者のコメントとディスカッションの内容)

<雪国まいたけにとっての利点>

* バングラデシュで緑豆を栽培することにより、中国に比べ1割安く原料を調達できる。
* 短期的な利益に直結するだけでなく、調達先が分散されることにより輸入リスクが長期的にも軽減される。
* 緑豆の分類化により、供給先が分散される。
* 原料という川上に進出することにより、ビジネスの安全性が確保される。
* 社会貢献を行っているというアピールができ、それによって知名度・イメージが向上する。
* 中国からの輸出規制が本格化した際、既に他の調達先を確保しているため、商品の価格調整力など、市場における優位性を獲得できる。

<グラミンにとっての利点>

* バングラデシュ国内の生産者の農業技術が向上する。
* 雇用を増やすことができる。
* 連携先が日本企業であるため、ある一定の規模の需要が見込まれ、日本への販路も確保できる。
* 日本へ輸出することで、外貨として日本円を獲得できる。
* バングラデシュでは現在は緑豆をもやしとして食べる習慣がないが、モデル化することで食料調達が安定するうえ、栄養・貧困問題の解決にもつながる。
* ビジネスの成功モデルを作ることでグラミンの知名度があがる。マイクロファイナンスの融資先につなげられる。

<グラミン−雪国まいたけの問題点>

* 日本とバングラデシュ、双方が信頼関係を維持できるとは限らない。
* 途上国特有の政治的リスクが付きまとう。例えば、ムハマド・ユヌス氏に対するバッシングの影響で、バングラデシュ政府が、日本への輸出を遅らすよう妨害行為がおこなわれた。
* 頻発する洪水等の自然環境の変化というリスクがある。 * 雪国まいたけからすればグラミンから安く買うことができればいいため、グラミンにコスト削減を迫る可能性がある。
* グラミンと雪国まいたけの利益が相反する可能性がある。例えば、緑豆の買い手が雪国まいたけだけなら、雪国まいたけは安く買い叩くことが可能。一方で、グラミンにとっては、原価削減だけではなく社会的課題を解決することが動機にふくまれるため、雪国まいたけの意向に反することもあるかもしれない。

<モデルの成功要因>

* 雪国まいたけにとってはもやしの原料である緑豆を安価で確保することができ、バングラデシュにとっては日本への輸出を確保することができるので、結果的に双方の利益に繋がる。
* バングラデシュ国内で高い知名度および信頼性を持ち、現地の農地運営、人的資源管理を得意とするグラミンと、緑豆の専門的知識を既に持ち、日本への販路を確保できている雪国まいたけとの連携により、両者の役割分担が上手くおこなわれている。
* グラミンと雪国まいたけのトップ同士のコミュニケーションが上手くいっている。
* 雪国まいたけ役員佐竹氏と現地のかじ取り役の熱心なコミットメントがあり、現地化が上手くいっている。
* 豆の大きさこそ違うけれど、バングラデシュにはもともと緑豆栽培の技術的土壌があったので、今回の緑豆の栽培もスムーズに行われた。
* バングラデシュにとって他にいい機会がなく、今回の連携はチャンスとして大きかった。
* 雪国まいたけにとって、収益源6割のまいたけだとリスクが大きく進出できなかったが、相対的に小さい収益源であるもやしだからこそ敢えて挑戦できたのかもしれない。
* ビジネスの規模がパートナーシップを結んでいる両社にとって適当である。例えば今回のように、日本の国内市場が700億円程度であれば、大手総合商社は市場進出を控えるだろう。

<これまでの連携の阻害要因>

* 非営利組織の営利企業に対する事業や利益に対するアレルギーや不信感があり、営利企業と非営利組織とでは利益に対する考え方が異なること。
* 現地の組織もしくは国際機関・援助機関が地元のネットワークを十分に有してこなかったこと。国際機関が持っているネットワークと、現地のグラミンが持っているネットワークは異なり、また、バングラデシュと他の途上国との事情も異なるので一概に今回の事例を成功事例として、他国に応用することはできない。
* 現地で適切なパートナーを探すことが簡単ではなかったこと。
* パートナーシップを組むことが容易ではなかったこと。国際機関は大企業をパートナーとして選ぶ傾向があること。企業が非営利組織との連携をするにあたって、仲介者や知識が十分にないため、連携のチャンスを拾っていくことができるかが課題。

<阻害要因を克服するには>

* 基本的には、阻害要因を一つ一つなくしていくことがその克服につながる。
* 非営利組織側が利益に対するアレルギー・不信感・警戒感を克服できるような意識改革を行う。また、意識改革を行うにあたって、アカデミアは国連や企業にアプローチし、複雑なモデルを整理して分かりやすくする。
* 企業・国連・国の間に存在する文化的相違を意識しながら、人材交流をする。中立性を持つアカデミアがインキュベーターとなり、企業や国連から人を出し成功モデルを発信する。また、アカデミアは、BOP ビジネスに関心のある企業に向け、ビジネスチャンスの研究を行い、難解な解説ではなく、分かりやすい情報発信を行う。
* 海外に投資する際に投資判断に使うことができるように、カントリーリスクやガバナンスなどの情報提供をする組織を充実させる。

■7■ まとめ

現在日本で議論されているBOPビジネスは、チャリティー的側面が強調され一面的なものなってしまっていることがある。しかしながら、今回の勉強会では、民間企業、国際機関、政府系組織での職務経験がある参加者が多角的な視点から議論することで、BOPビジネスに潜む様々な課題、潜在的可能性、阻害要因、今後の対策について考察を深めることができた。今回の事例研究で明らかになった様に、先進国・途上国政府、国際機関、先進国からの参入企業、途上国の現地企業・マイクロファイナンス機関といった各アクターは、それぞれ様々な動機をもってBOPビジネスに関わろうとしている。したがって、関係者双方にとって、Win-winの関係を構築することが、持続的な事業を展開する鍵となるだろう。

議事録担当:岡本 啓史、由尾 奈美
ウェブ掲載:斉藤亮